どういったきっかけだったかはもう判らないが、その日その少年は――レムレスは砂漠に足を踏み入れていた。

さらさらとした砂の中では浮いてしまう、緑で染まった衣服とマントを翻し、彼はなんとなしに奥へ奥へと進んでいく。探し物をしているのか、その首を時折左右に動かしていた。時折吹く風は海に近いというのに湿気を一切合財排除した渇きを乗せており、照りつける日光は少々厳しかった。
「…………?」
ふと、妙な違和感を感じたのか、レムレスが足を止めた。足元で砂が音を立て、靴が僅かに明るい色で汚れる。やがて視線が一方に定まった。砂の海に埋もれるようにして存在している、門のような形をした何か。積み上げられた石壁は、その門らしきものを除きほとんどが崩れているようだ。
それを眺めた後、レムレスはすんすんと鼻を動かし、「不思議な気配がするなあ」と呟く。彼が踏みしめて出来た足跡は、風に煽られていた砂のせいか既に消えかかっていた。少しだけそれを振り返り、レムレスは再び前を向いた。砂が柔らかいせいで、足元を僅かに沈ませながら目的のものを目指す。
「あれがアルカ遺跡かなー?思ったより崩れてるな……」
どうやら件の気配もあの中から漂っているようだ。一見の価値ありと判断し、遺跡の中へと足を踏み入れた。砂は少なく、外見よりも中は大きいようだ。上部に穴が空いており、僅かながら日光が差し込んで不思議な景観を作り上げている。
ぼう、っと上を眺めていたレムレスだが、やがて奥の方へと視線を向けた。奥へと続く通路が岩肌を晒しながら彼を招いているようだった。その口腔にも似た通路を少々警戒しながら歩き始める。気配が少しだけ強くなっていた。
通路の先には先程までいた空間の様なぽっかり空いた部屋があるようで、奥行きが狭まったのを感じた。
箒を持っていた手に少しだけ力が籠った。好奇心と少しだけの不安が、心臓の音を速めている。
こちらは穴が開いていないのか、部屋の全体像は把握できそうになかった。箒を軽く振ると、ぼわりと光が生まれ辺りを照らす。その光の先に、何やら人影が映った。
「!?」
人がいるとは思っていなかった為、少々動揺する。少し観察して、その人影が座り込んでいる少年だと気付いた時は先程とは別の意味で驚愕した。慌ててその少年に近寄り「どうしたんだいこんな所で」と声をかけた。いやにゆっくりした動作で少年がこちらを振り返り、青色の瞳が人工的な光に触れ少しだけ眇められた。起きているのか寝ているのか、とても茫洋とした雰囲気を持った少年だ。何やら無性に不安になってその肩に手をかける。とても成熟した大人とは言えないレムレスだが、その幼い子供特有の薄い肩の感触は更に不安を煽った。
「君、どこから来たの?」
家があるなら送ってやらねば。親切心でそう声をかけたが、少年はまだ青い両目で彼を見遣るだけだ。
「おうちの人は?」
またしても答えがない。まるい頬のラインはやわらかな曲線を描き、首は今にも折れそうに思えた。
「……どうやって来たの?」
段々自分の声が萎んでいくのが判る。ただこれには返答があり、「わかんない」というなんとも頼りない物だった。双葉のような癖毛が、少年が首を横に振る動きに釣られ揺れていた。学生の域を出ないレムレスとしては、そろそろお手上げだった。親も判らない家も判らない、移動手段も判然としない。捨て子の可能性も考えたが、こんな寂れた遺跡にここまで成長した子供を放置するだろうか?深い深いため息が腹の底から漏れた。
とりあえず見つけた以上はここに置いていくわけにもいくまい。そう思い、少年に「立てる?」と問いかける。少年はこくりと頷き至って軽快に立ち上がって見せる。その時、レムレスは少年の足元からやや離れた位置に本のような物がある事に気付く。
「これ、君の?」
赤い装丁のあしらったやや古い印象のある本だった。「知らない」と少年は応える。僅かながら魔力のような物が感じられたので、念のためそれも持っていくことにする。あの不思議な気配は、もうどこにも感じられなかった。
少年の手を取り、遺跡の外へと歩き出す。明るい所に出ると、その青がよく判った。それにしても見かけない顔である。夢の間を彷徨うかのような無表情は、先ほどと変わらない。
君の名前はなにかな、とレムレスは問う。もしかすると返ってこないかもなあと考えていたが、いい意味でその予想は裏切られた。少年が舌足らずに答える。
「シグ」



エメラルドの盲点



2014.01.19
魔物封印後にぽっと出てきた少年=シグちゃんだとして、「魔物封印後の右も左も分かんないようなシグをたまたま見つけたどっかの某魔導師レムレスが秘密裏に世話する話」という素晴らしい呟きをなさったフォロワーさんの発言をもとに書きました。許可は頂いております。ほんとうにありがとうございます。