※ゾンタツ前提







「なにしてんの、お前」

心底理解できない、もしくは不思議そうにしながらサイタマがそう言った。出来上がったばかりの腕をずりずりと地面にこすり付けながら、ゾンビマンは声の方向を仰ぎ見る。あまりに大量の血は地面に吸収されずいくらか水たまりを作っていた。
怪人と戦ったのだろうか、四肢は無残に飛び散って、もとより色の無い顔は下の筋肉が透けそうだと思うくらい色がない。人形のような、というのはこういう事を言うのだろう。
「………――――…………」
ひゅー、ひゅー、と声とも言えない声が漏れるのが判った。まだ喉が再生しきってないらしい。よくこんなになって怪人を倒せるな、とサイタマは思った。ヒーロー業に慣れている彼で手こずったという事は、それなりに強かったのだろう。ぼろきれになった布を横目にサイタマはとりあえずマントを脱いだ。
右腕をずるると音を立てて這わすゾンビマンは何か探し物をしているらしい。きろ、きろ、と彷徨う両目を他人事のように眺めながら(実際他人事である)しかし目的が判らない以上、手伝えることはない。離れた手足をゾンビマンの近くに持ってきてやるくらいがサイタマにできる事である。じわじわとくっつき始めるその様子はなんというか、面白い。右足と左足の位置を入れ替えてみたくなる。
「………が、」
「うん?」
ようやく再生したらしい声帯を駆使して、掠れた声を出すそれに耳を傾ける。正直ここまでしてやる義理はないのだが、合法ロリであるこの男の女性は、「もしもの事があったら」という事をゾンビマンと関わる事が多いヒーローに言い含めている。その殺人的な超能力の脅し付きで、である。それが恐ろしいわけではないが、いかにも素直でないあの女性がそうまでするのだから「よほど大切なんだろうなー」くらいの認識でサイタマは偶々見つけた彼の傍にいる。見つけたというか、ニュースになってから家を出ていたら全て終わっていたのだが。
「ガラス、」
言われてみると彼らの周囲にはたくさんの血と肉片と(恐らくゾンビマンと怪人のものが混ざっている)、どこで飛び散って何を割ったのか大量のガラス片が落ちていた。今まで気付かなかったが、少し足を動かすとじゃり、だかぱき、だか音がした。
彼はこのガラス片をどうにかしたいらしい。ずるずると手を動かす度、小さな破片が血色の悪い掌に傷をつけ突き刺さった。痛みすら麻痺しているのか、それとも慣れているのか。大きな破片を探そうとしているようである。
「なあ。なんでガラスがいるんだ」
怪人はもういない。目の前の不死身の男が全て一掃してしまった。身体が治り始めたのか、腕だけでなく足を動かす様子も見て取れる。服が破けてみていられない所ではないありさまだったので、サイタマは脱いだマントを彼にかけた。起き上がる事はできないらしい。
「しぬんだ、」
礼を言う、と恐らくマントに関して短く謝辞を述べた後、彼は視線をしっかりを前に固定する。やがて心臓すら一突きできそうな鋭く大きな破片に手が届きそうなとき、腕に大きな衝撃が伝わる。まるでコンクリートが上から降ってきたような、重たく鈍い痛みと衝撃にゾンビマンは呻いた。破片は割れていた。
「あ、悪い」
けろっとした顔でサイタマが謝罪を述べる。突然の事態に訳が判らず、はくはくと金魚の様に口を動かすだけに留まった。突然の痛みと混乱で、治ったばかりの声帯が上手く動かなかったのだ。
「いや、タツマキに言われててさ。お前が自殺しそうになったら、腕折ってでも止めろって」
割とすぐ治るんだろ、まあ、許してくれ。
思わず呆然とサイタマを見上げると、彼は携帯を少し操作して再びゾンビマンに目を向けた。監視、なのだろうか。その視線の意味がよく判らず、治りかけの左腕を動かすこともできない。というかタツマキが、何を言ったというのだろう。圧倒的な超能力を振りかざす小さな恋人の姿を思い出す。ふっと呼吸をするように死にたがるゾンビマンを叱りつけるあの女性が、何を?よく判らないが嫌な予感がした。自分に都合の悪い事が起きそうな、漠然とした不吉がガラスの破片が突き刺さったままの胸に満ちる。

「もう少しでタツマキ来るらしいから」




洞から覗く、




2012/05/21
自殺によって初めて死が成立するゾンビマンと、何としても自殺させたくないタツマキ。におどさr言い含められているサイタマ。