ああ、また油断してしまった。
ジェノスは床に転がるかつての腕や足だった鉄屑を睥睨して、そしてそれを更に分解せんとしているソニックが視界に入って渋面を浮かべる。この男には負けたくないというのに!
バチバチと音を立てる四つの断面にパーツの予備数を思いだしながらこの状況を打開する方法を演算する。しかしいくらやり直して選択肢は自爆しか出なかった。仕方がないと言えば仕方がないのだが、しかしこんなに馬鹿げた方法でまたしても命を落とすだなんて!正確に言えば前回も死んだ訳ではないがそれに近いと言える。どうせ死ぬならば、故郷を滅茶苦茶にしたあのサイボーグを倒すか、彼の師たるサイタマの為に死にたかった。よって、ジェノスは沈黙を選ぶ。
その青年らしいまだ幼いラインを残す面持ちが、屈辱ともどかしさに顰められているのを見て、何を勘違いしたかソニックは嬉々としてこう尋ねる。
「痛いか?」
生憎と、戦闘において痛覚は判断を鈍らせる無用の長物だ。人間にとっては危険を知らせるシグナルでもジェノスにとってはそれはもう無意味なものなのでその様な回路は走ってない。
だが素直に「痛くない」と答えるのもどうにも癪だ。ジェノスは沈黙を貫いた。ソニックは表情を変える事無くジェノスの足を原型も留めない鉄にする為に刀を再び振るう。
サイタマにいいようにおちょくられているが(恐らくサイタマ自身にはそのつもりはない)、この音速のソニックも手練れである事には変わりないのだ。潜在的な能力となるとどうか判らないが、場数と経験が違うのだ。
ジェノスのそれは復讐で、ソニックのそれは作業だった。作業とは如何に効率よく済ませられるかという事のみが重視され、そこに感情は伴わないのだから、詰まる所一挙手一投足、精度が違う。血の気の多いジェノスに彼の相手は早すぎたと言えば、それまでだ。
両足をすべてばらばらして楽しそうに笑う。その感情の起因する所は恐らく目の前のサイボーグを痛めつけている事にある。それが判る程度にはまだ人間を残すジェノスは更に渋面に苦い色を乗せた。
それを見てにやにや笑う忍者の笑顔の、何と不吉で陰湿なのだろうか!両足をばらばらにし終えた彼は次は右腕を手に取る。これはすぐに破壊されず、手の平の真ん中にある噴射口に目をやったりと意外に子供のような姿をソニックは見せる。ああ、つながったままだったらその女みたいな顔を吹き飛ばしてやるというのに。
「………………………」
何やら右腕を眺めながら熟考しているらしい姿に嫌な予感しか湧き上がってこない。そしてその嫌な予感は当たってしまう。ソニックは自らの腕を切り裂いた。決して少量とは言えない血液がだらだらびしゃびしゃと床に零れ、その飛沫はジェノスの飛び掛かってきた。ぶわりと生々しい臭いとどこか無機質な錆の臭いが混ざり合って、胸糞悪くなって悪態をつく。
だらだらと流れる血をソニックは機械の右腕に絡めて濡らしていた。まるでそれが愛撫か何かのように思えて更にジェノスは不快な気分になる。ねちっこく指を絡め傷を気にする様子もなく血と僅かなオイルが混じり合う様子はよくない暗示のように胸をざわつかせる。
あの手の平の穴に無機質と有機物の混じった脂が注がれる。あるはずのない腕に逆流する波のようなものを想起する。振り払うように頭を左右に揺さぶると、ごつんと床に鉛がぶつかる音がした。
「口を開け」
「何故だ」
「開かんとバラすぞ」
それは、ある意味で殺されるよりも性質が悪かった。分解されるだけならばジェノスはまだ生きている。だが、宿敵を目の前にして心臓を手に持って相手に見せているのとそれは一緒だった。どうしようもなく弱い部分を晒して、どうぞ殺して下さいと、貴方の自由にして下さいと懇願しているのと同じなのだ。
仕方なくジェノスは口を開く。すると間髪入れず血に塗れた自らの口にそれが突き立てられる。
「んぐ、ぃ………っ!?」
突然の衝撃と行動の突飛さにジェノスは目を見開き、呻いた。唾液の何もない乾いた口腔の形をした空洞に血生臭い、気に食わなくて仕方がない男の血と少し前までは身体の一部だった部品が突っ込まれる。
「む、ぐ、ぐぅ」
唸るとソニックは「無様だな」と言いながら実に面白そうな顔をしてジェノスを上から覗き込む。理由のない玩具扱いの中に混じる殺意と嗜虐にこの時ばかりは、ジェノスは本気で自爆を考えたのだった。









2012.12.19