※なんか変なパロ





ささきまぐろは生まれついての不幸体質である、らしい。
そんな事を言われてもまぐろは当然見当もつかなかった。魚屋の息子として生まれて十余年、不幸だ!と強く感じたことなど特になく、だからこそまぐろは目の前の少年をその分厚い前髪の奥から怪訝な様子で見つめた。正確には少年の持つ妙な装丁の日記染みた本に、か。
その本の隙間から妙におどろおどろしい赤い影が伸びていた。学校帰り、近道でもしようかと路地裏に入った所この奇妙な少年と本に出会ってしまい、まぐろは心底己の選択を後悔した。
「お前、珍しいほどの不幸を持っているな」
開口一番赤い影がそう言う。はあ?と呆れたような、疑問のしき詰まった声を出すまぐろを無視して、影は少年を振り返る。
驚くほど現実離れをした容姿の少年だった。空と同化するのでは、と危惧するほどの透き通る青い髪と、眠たげにとろけた瞳は対をなした青と赤のオッドアイ。暗がりに透けてしまいかねないほど肌は不健康に白く、まだ幼い鼻梁はそれでもすっと通って涼しげな印象を抱いた。寒い季節の為か、少々袖あまりのある白地に青いラインの入った分厚いコートを羽織っていた。
「丁度いい餌だとは思わんか、我が魂」
「…………何度も言ってる。あげない」
意味不明の会話であった。やばい、頭のおかしい人間に出会ってしまったか?じわりじわりとした危惧が胸中を満たすがその警戒は既に遅かった。結いつけられたかのように足が動かないのだ。
くくくと気味悪く嗤う影はしかし、と会話を切り替えるようにその至ってシンプルな指をまぐろに向けた。色違いをした双眸が、釣られるようにそちらを、まぐろを、見た。
「どうだ?」
品定めするように促す声。頭のてっぺんからつま先までを見て、少年はどこか活気のなかった瞳をきらきらと煌めかせた。
「おいしそう」
「だろう」
「いや、ちょ、ちょ、ちょっと待とうか!」
語尾に「★」をつけることも忘れてまぐろは叫んだ。じりじりとこちらに寄って来るどこか浮世離れした印象の少年に今は混乱の混ざった恐怖しか抱けなかった。どうにかこうにか、逃げ出してたまらなかったのだ。
そうした末に出てきた言葉は「説明」だった。
「説明、説明してほしいな!いきなり出会い頭に『お前不幸プギャー』って言われても理解不能だよ!」
「ぷぎゃーって何?」
ワーオそこ気にするんだね★ぐらりと頭が痛みを訴える。ああ、ああ、神様これはどういう事なんでしょう。助けて下さいと頼んでも今は無理そうだ。
「ふむ、説明ときたか」
影が何かを思案して「ならばお前の家に案内しろ」と言った。誰もいない路地裏よりはマシだと思い、まぐろは急いで少年を連れてその場を離れた。自分の家、引いては部屋へ案内するためだった。足が動いた事に安堵する。



少年はシグというらしい。影は名前はないらしく「まもの」とシグは呼んでいるらしいのでまぐろもそれに倣う事にする。まものは、魔物と書くのだろう。そも魔物が言うには、こういう事らしい。
「人間にはいくつかの種類がいるが、不幸な人間には二つの種類がいる。慢性性の不幸と、爆発性の不幸だ。貴様は後者にあたる。今はそうでもないだろうが、あと数年、そうだな、成人もする事には不幸に群がられることになる。手始めに旧友が死ぬ。親が病に伏す。この店も潰れる。典型としてはこれらから始まるだろうな。お前が一歩歩くだけで幼子の心臓は止まり、お前が腕を伸ばすだけで伸ばされた相手は苦しみもがき、お前が息をするだけでそこら中に不幸をばら撒きかねん。お前の持つ不孝はその類のものだ」
失笑ものだった。これを説明するのが普通の人間だったら、店の冷凍マグロを持ち出してそれで頭を打ってもよかったが目の前にいるのは残念ながら本の隙間からケタケタ嗤う赤い魔物と、それと行動を共にする少年だった。
「………で、どーしろっていうのかな★」
大分余裕も戻ってきた。わざわざまぐろの要望を聞き入れ説明をしたという事は、この二人組は何か彼に求めている者があるという事だ。それはまぐろにとっての唯一のアドバンテージである。
「お前の不幸を解消する方法がある」
どうしろという内容ではなく、解決策の提示に眉を寄せる。
「お前のようなどうしようもない命運を背負った人間を探し彷徨う人間もいる。そやつらは不幸を食べねば生きていけぬ。身体中の色素という色素が抜け落ち、痩せこけて死んでしまうのだ。お前の目の前にいるそやつのようにな」
言われて見てみると、確かにシグは痩せていた。先ほどから一言も喋らず、茫洋とした瞳でまぐろを見つめている。
まじまじとシグを眺め、その視線が座る彼の左手に向かったとき思わずマグロはぎょっとした。その左手は毒々しい赤色をしていて、鋭い指先は獣の爪にも似た鋭利さを持っていた。到底人間とは思えず、思わずのけぞる。
しかしそんな反応をした後にすぐさま後悔する。目の前の少年が自分を救う術を持っているらしいというのに機嫌を損ねられては困る。そんな事を考えた自分にげんなりしたが、予想に反しシグは落ち着いていた。もしかするとそれどころではないのかもしれない。その瞳はまぐろを見ている。一心に。
「貴様の不幸をこやつ差し出せ。私もこいつに死なれては困る」
「………わ、」
判った、という前に細い指が見えた。病的に肉の削げた、不健康な指だ。それはまぐろの肩にかかり、力に任せて彼を床に引き倒した。
「どわっ」
これがフローリングだったら痛みに身悶えしていた所だろう。畳に感謝して咄嗟に身体を浮かせるも、シグの顔が近くにまで迫っており驚愕に動きが止まる。近い。そう思った瞬間に唇に何かが触れた。
「―――――――――――!」
キス、されている。そう思った瞬間に羞恥と疑問が一斉に思考を支配して身体が硬直した。嫌悪感を感じなかったのは彼があまりに中性的な見た目をしていたせいかも知れない。でも舌まで入って来るなんてオニーサン聞いてないです。
マウントポジションを取って懸命に吸い付いてくるその様子は乾いた喉を潤そうと必死な様に似ている。そもそもディープキスなんぞしてるくせに相手を気持ちよくさせようなんて意図が全くこの行為には感じられない。成る程、と目線を魔物にやる。意味深に微笑まれた。これが、食事というのか。
口腔というよりはもっぱらまぐろの舌を這うシグのそれはあまりに拙い。ファーストキスを奪われたという訳でもないので次第にまぐろの頭は冷静になり、ちょっとした悪戯を思いついた。
「む、ぐ………ん?」
されるがままだった舌を動かして拙い動きを続けていたそれに絡める。唾液腺を刺激して上顎をなぞると自分の上に跨った痩せた矮躯がわずかに反応を見せた。
「ぅ、ん、っん………」
コートの間を掻い潜って首をさすると猫のように目を細める。力の抜けてきたシグを逆に押し返して向かい合うような姿勢になるとまぐろは少々羽目を外してもいいかと大胆に舌を動かした。その間右手で時折耳の裏をなぞったりコートの下から脇腹を触ったりしていると段々とキス以外の要因でシグの息が荒くなる。
「あ、ぁ」
唇を離すと薄く涙の膜が張ったオッドアイと目が合った。青白かった顔には僅かに朱が差し、口の端に少量唾液が伝っていた。
「あー、ごめん、汚しちゃった★」
ティッシュはどこだったかと視線を彷徨わせる。部屋のは切らしていたかなと立ち上がり待機を促してまぐろは部屋から出ていく。主のいない部屋で、ぽつりとシグが呟く。
「…………まだ、足りない、かも」
「お前も大概貪欲だな」
そう言ってからかうようにこちらを見る魔物を、その左手でシグは殴った。








2012.12.21