殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!

頭の中に激情が流れてくるのを感じる。痛い、と小さく呻くとそれはいっそう強くなった。シグは殴られた頬に感じる熱だとか、軋む肋骨だとか、動くたび乱れる呼吸などを感じながら指先すらも遠く感じる痛覚の中にいた。殺してやる、と囁く声は明らかに自分のものなのに全く自分自身の意思を伴っておらず、また殴られた部分には頭も含まれた事もあって意識は普段より一層混濁をみせていた。それでもこの溢れ出る誰のものともしれない激情に身を任せたら最後、何かとんでもない事になるような気がしてならなかったのだ。しかし悲しいかな、意識はどんどん遠のき、視界は霞んでいく。
いけない、と思いながら痛みであふれる微睡みにとらわれ、シグの意識は落ちて行った。


殺してやる。


不意に起き上がった少年の痩躯は、ゆらりと危なげな様子を見せて前を見据えた。彼を殴った張本人は涼しい顔でこちらをみている。眼鏡の向こう、赤い影。
「……………実力行使では中々手に入らないようだったので暴力に訴えてみたが」
面白いものが釣れたな、と魔物が呟く。少年の、シグの足元からはまさしく、そう、影とでもいうべきものがぶわりと溢れた。感化されるように両手と両足、そして髪が黒く染まっていく。いや、単純な黒ではない。もっと深い底知れないものを含んだ、夜の闇のような。
それはもうシグとは別のものだと、そう魔物は悟った。あの少年は、別の、そう、もっと生々しい、
「―――――殺す」
空気に溶けそうな小さな声だったが、その呪詛は何よりも強く魔物に届いた。昏みの増したオッドアイが彼を睨んだ。ざわりと足元から沸き立つ影の不穏な事不穏な事。
何よりも早く魔術詠唱を始めたのは、少年だった。
「シアン」
先制で放たれたそれは少年の使う中で最弱のものだったが、思わず魔物をガードに走らせるくらいには威力が大きかった。後手に回った事でできる隙に、叩き込むようにして次々に魔導が放たれる。しまった。と魔物は歯噛みする。最初に守りに回っていなければ応戦できただろうが、今はもうそうはいかないだろう。
「ロビンズエッグ、」
防御壁が歪むほどの強い魔導だ。青い閃光で視界がちかちかと点滅した。本来の身体でないせいか、ダメージも思いのほか大きい。
「シレスティアル、」
天空から降ってくる流れ星のようなそれがぎらりと光り、とうとう防御壁は決壊した。腹を括るしかあるまい、魔物は防御をやめた。
奇しくも同じタイミングで少年もまた暗唱を始めた。酸を意味するその強化魔術はより確実に魔物を仕留めるためであろうか。
「アシッド、アシッド、アシッド、」
「カーディナル、」
淡く光る青と、その周囲の影に隠れてごぽごぽと沸き立つ酸。地面すら溶かすそれに対抗する赤は今はひどく弱々しい。
駄目だ、と歯噛みする。強化魔術の詠唱すら間に合わないほどの魔力の消費。この少年は、この身体は、シグは、こんなにも力を秘めていたのか。
「尚更、欲しくなった………!」
絞り出すように叫ぶと少年の魔物を睥睨する瞳とかち合う。明確な殺意と憎悪。背筋に走ったのは、果たして戦慄か恐怖か。
「ハイドレンジア!」
叫ぶのは同時だった。同じ魔術だというのに色は相反するような青と赤だ。ぶつかり合うそれはお互いの否定をそのまま図にあらわしたようだった。しかしこの場においての少年の有利は揺らがなかった。青が赤を打消し有り余る力を以て魔物に向かう。赤い瞳がぎらりと光る。それを見た瞬間魔物は声高に笑い少年を嘲笑した。「お前こそ、魔物ではないか!」
黙れ、と動いた唇が歪んだのを、魔物は見逃さかった。





きらい



2012.10.07