無数の星が落ちてくる錯覚を抱いた。
「っとお!?」
ハイドレンジア、と少々やる気のない魔術展開の声を聞いた瞬間、レムレスの上に大量のおじゃまぷよが降ってきた。あと一積みで大連鎖の完成だったが些かタイミングが悪かった。これはやばいぞと予告ゲージを見ながら焦りつつの勝負だったが不安は現実のものとなってしまった。
「勝ったのかー」
ぼんやりとした様子でそう呟いた少年、シグはもう次の瞬間にはよく一緒にいるテントウムシに気を取られている。何とかおじゃまぷよの山から脱したレムレスはぜぇぜぇと息をつく。全くこの少年、ぼやっとしてるくせにキツい一撃をお見舞いしてくれる。
何故ぷよ勝負する流れになったのかは全く思い出せないが、まあそれはそれこれはこれである。全く以て甘くない勝負だった。糖分の不足が切実な問題になってきている。
「シグ君………今のはちょっとキツかったよ………」
「そうか」
何とも気のない返事である。指を這うテントウムシは確かにかわいらしかったが、たかだがムシ如きにここまでかまい倒すとはおのれムシ、とひそかに敵意を燃やしていると、シグが右手でレムレスを引っ張った。
「な、何?」
「勝ったらムシがたくさんいるところ教えてくれるって言った」
ああ、そんな事を言った気もする。単純に気を引くためだったのだが、しかし思ったより威勢よく釣れてしまった。釣竿はぼろぼろである。
念のためにムシの多い場所をリストアップしていて良かった、と思いながらもナーエの森を歩く。テントウムシは時折気まぐれにシグの頭やら腕を這い、這われている本人は全くそのことを気にしていないようだった。僕だったらその感覚には耐えられないだろうな、と思いながら足を進めていると、突如シグが足を止めた。
「こら、だめ」
左腕に移動しようとするテントウムシを諌めるようにシグは右手でそれを掬う。左肩から右の人差し指へ移ったテントウムシはそれを気にすることなく飛んで、頭の上に落ち着いた。お気に入りらしい。
よしよし、と言わんばかりに頷いた姿に少し違和感。少し足を進めると、それまで少々整備されていた道は途切れ、獣道を体現したような荒れた道が現れた。
「ちょっと危ないかもしれないね。この間の雨で、少しぬかるんでるみたい」
レムレスは、はい、と左手を差し出す。「?」と首を傾げるシグに「危ないからね」と付け加える。言うより行動した方が早いかもしれないと、左手を手に取った。
「っ」
息をのむ声が聞こえた。レムレス、と硬い声が耳朶を打つ。素知らぬふりで「なあに?」と問う。
「ひだりは嫌だ。はなして」
「どうして?」
「……………」
ああ、素直な子供だ。何故と問えば、きちんとその理由を探してくれる。
「…………こわい」
ぼそりとした声に、これは思いもよらない本音が聞けるかもしれないと、レムレスは振り返って少年と向き合う。左手を放すと、あらさかまに零された安堵の吐息に少しばかり複雑な気分になる。
膝をついて肩を両手でシグの肩をゆるく掴む。
「何が怖いのかな?」
「………………左手、ヘンだから」
まあ、変といえば変だろう。赤く大きく、魔物のようだという形容詞が似合う左手だ。聞けば最近こうなったらしい。やっぱりあの本かなあと、本物の魔物が封印された日記を思い浮かべる。思いもよらぬ影響と副産物を生んでしまった。
「ごめんね、責任はとるよ」
「…………せきにん?」
「一生大切にしてあげる」
「一生?やだ、そんなにレムレスと一緒にいたくない」
「ひどい!?」
「それより、ムシ」
好奇心にあふれたオッドアイに見詰められ、レムレスは短くため息をついた。ムシだムシだと言ってレムレスをせかすように引っ張るのはやはり右手で、少しばかり罪悪感を感じている。だが、使える口実は使うべきだというのも確かなので、はいはいと言って道案内をしてやる。左手に触れることができた日、それが恐らく一番のタイミングだろう。
「滑って怪我をしないようにね」
そう言った途端少年がぬかるみに足を取られるのは、まあ、お約束だろう。





ヘルセ



2012.10.06