夜の怖い理由が判るかい、と問われて黒いそいつは目を伏せた。すると彼はくすくすと笑い、いや、判らなくてもいいんだよとわざと検討違いの事を言ってみせる。溶けて浮かぶ黒い彼を、純粋に趣味悪くわらう。
「黒ちゃんは夜が好きなんだっけ?」
「別に好きなわけじゃないさ」
そっけない、ともいえるほどあっさりした回答だった。対照的に、黒い彼に問いかける左側頭部(正しくは、左耳か)の位置に素晴らしく鮮やかな花を咲かせる少年はとてもゆったりした口調だった。間延びしかけた、少し寄り道した声音。同じ声をしているというのに、とことん印象が違う。
「じゃあ昼は嫌いかなー?」
「嫌いではないけど苦手かな」
「じゃあ黒ちゃんも夜が怖いんだね!」
「はぁ?」
よくわからない会話展開だ。黒い彼にとって夜は好きでも嫌いでもなかった。ただ、心地よくはあったか。昼はその点彼にはとても眩しく、一種のやりづらさと不自由さを感じていた。時折頭をかすめる、よくわからない記憶の残滓のことを考えるのは憂鬱だ。なにやらおかしな空白が胸にあるように思えてならないから。
「人が夜を怖がる理由をわかる?」
「………暗いから?」
「じゃあなんで暗いのが嫌なのかな?」
「………周りが見えないから」
「だーいせーいかーい」
おめでとう、と手を叩く少年の顔は相変わらず腑抜けている。ふにゃりとした笑顔だが、純粋さの中に潜む不純は隠しきれていない。とろりと潤み濁った瞳は、そのオッドアイを妙に艶やかにしていた。
「足元が見えない、まさしく一寸先は闇!何故先が見えないことを怖がるか、それはその暗澹の先に何があるかわからないから!未知のものに触れることが、ヒトは基本嫌いだ。理解の及ばないものほど、害をなしそうなものってないよねぇ」
少年は突如立ち上がる。木に腰かけていた彼は、その少年の挙動により揺れた木に少々驚いて目を見張るが、このような事は日常茶飯事だ。表情はみるみる内に平素に戻り、で、と先を促すかのように少年を見やっていた。
「黒ちゃんは夜が居心地がいいとか言ってるくせに夜が好きじゃないよね」
「好きじゃないと嫌いは違うものだよ」
「苦手と嫌いも違うものだよね!」
「…………………」
ふくく、と少年は笑う。至って幸せそうに影を見つめる。ボクそういう黒ちゃんの正直なところ大好きだよ、と恥ずかしげもなく誇張もなくしかし小ばかにしながら少年は月に照らされて青く輝く草を踏みしめた。木に座る彼は、その後ろの森が作る影と溶け込めそうな程に黒かった。いなくなる、というよりは、帰る、という表現が正しそうな程に。
「黒ちゃんは昼が苦手かもしれないけど嫌いじゃない。きっと黒ちゃんは昼に憧れてるんだよ」
「あこがれ?」
「そう、憧れ!手に入らないものに抱くのは、羨望か憧憬か嫉妬でしょ?」
明るく、影すらできそうな光を放つ月は同じくその下に、木に隠れる事無くいる少年の姿をも照らした。そっくりの容姿をしていたが、彼と明らかに違う花と四肢とに、彼は何故か無性に違和感を覚えた。視線を落とす。光を嫌がるように木の枝に腰かける黒い彼の四肢もまた闇のように深い色をしていて、その周りを踊るように浮かぶ影にどうしようもない失望を抱く。
「センチメンタルな気分だったみたいだから、それに合わせてみたけど、どうだったかな?黒ちゃん」
「最悪だよ。僕の知らないことをなんでお前が知ってるんだ。しかも言ってることが最初と違うし」
「気づかないふりをしてるだけだよ。あー、降りといでよ、黒ちゃん。ぷよ勝負でもしよー」
彼の指摘を少年は無視し、ぷよ勝負でもしないかと花を揺らす。本気は出せないな、と彼は思いながらも一つ頷いて木から降りる。木陰から出るとき一瞬だけ背中がひやりとしたが、前を見ると今が夜であることを思い出した。ひとつ、ため息。





永続的な嘆息




2012.09.30