例えるならば林檎みたいに、甘く脆くて、毒のあるもの。


黒いもやを見る。もや、と言ってもそれは彼自身の手であるので正確にはもやではないのかもしれない。エコロは無言でそれを眺め、心なし開いて閉じてを繰り返す。短い指がかすかに形を作る。
次に顔に手をやる。常に涎のようなものがたれる口元、眼窩のままのような瞳、それを置く輪郭。いかにも、もやのままで。エコロは何かを諦めたように今までの行動をやめる。ふんわりと足元と地面を離して、そして、ふと呟いた。

「      」

りんごは不意に顔をあげて空を見上げた。夕暮れが迫る空の向こう側は紺色に染まりぼつぽつと星さえ見える。半袖が肌寒くなった今日日、プリンプに行ったのが随分と前の事のようにも感じた。そうか、もう随分と経つんだな。そんな事を考えていると、次に皆がエコロを覚えてない事も思い出した。エコロ。今回の騒動の根本にいた、影とももやとも言えない奇妙な存在。彼の構成物質が気になったことは幾度かあるが、なんだかんだ触れなかった気もする。状況がそうさせたのか、それとも。それとも、何?
「……………」
判らなくなってきた。ああ、数学なら答えは一つなのに。
「エコロは、どこへ行ったんだろう」
時空の旅人と言っていたか。どこにでもいてどこにでもいないというのは、どのような気分なのだろうか。理不尽を一心に受けたみたいな境遇だ。何故だろう。さっきから胸がざわついて落ち着かない。

「りんごちゃん」

振り返った彼女の、綺麗な常磐色に歓喜した。ただ、彼女はただ不思議な顔をして、また前を向いてしまう。当然だろう、エコロが声をかけたのは時空の狭間だったから。しかし声が届いた事実が嬉しくて愛おしくてならない。ああ、まるで、嘘のような。
「ねえりんごちゃん。ボクはとても嬉しいよ。とっても」
今度は届かないよう呟く。充分すぎた。楽しい事はいくらあっても足りないくらいだが、この感情が『楽しい』とはまた違う事くらいエコロにも判る。何と言うのかは、知らないが。
「どこにいても君をまもるよ」
そしたらきっと君はボクの事を覚えてくれるでしょう?と希望に似た滑稽な言葉を口に出す。誰かがこの滑稽さを笑っても守り抜くつもりだった。愛したものでなくても取るにたらないものでも、彼にはもうそれ以外に何もないのだ。






今までの彼を愛したこと




2012.09.23
ミクのトップシークレットはエコりん曲だよねっていう。