きみと僕が〜 | ナノ


◎ あなたの当たり前


先輩からの呼び出しはいつもだいたい何時頃に、と時間を指定されるのでシャワーは余裕をもって浴びれるし、その後で先輩のマンションへ向かう。しかし、今日は例外で浴びる暇がなかった。

先輩の最寄り駅からマンションまでは徒歩1分という近さだけど、自宅から僕の最寄り駅までは20分かかる。

今回はすぐに来て、とまで言われているから、とりあえず先輩のマンションまで急ぐ事が第一。
それから様子を見てシャワーを貸してもらおう。

と、考えていた。


「えっ…と?」

「だから何か作ってよ。お腹すいた」

「あ、はい。あの、冷蔵庫見てもいいですか?」

速攻ヤるものとばかり思っていた僕は一瞬呆気にとられるが、気を取り直して先輩に聞く。
了承を得て冷蔵庫の扉を開くが、頭は違う事が占領する。

もう誰かとヤった後なのかな…
ご飯用意してもらわなかったって事はまた男の子なのかな…


先輩にご飯を作った事はあるが、来てすぐに作らされる時は前もってリクエスト付きで連絡が入る。それに合わせて材料を調達し、先輩のマンションに向かうのが常なのだが…

本当に今日はなんなんだろうか。
先輩といられるなら何でもいいんだけど誰かとヤった後っていうのはちょっと哀しい。


そんな事をモヤモヤと考えるが、冷蔵庫の中身の無さに頭を切り替えてどうしようかとうなだれる。

「あの、何かリクエストありますか?僕、材料買ってきます」

「え?…冷蔵庫の中の物で何か作れないの?」

炊いてはないけどお米はあるし、卵と野菜も少しある。
本当に野菜だけのチャーハンならできるけど…

チャーハンなんてお米がないと始まらないのだが、肝心のお米が炊けるまで時間が掛かる。

それならすぐ近くのスーパーで買い出しをして麺類にした方が早い。
まあ、リクエストで米類を頼まれたら終わりなんだけど。


「野菜と卵だけのチャーハンなら作れますけど…でもお米炊けるまで時間かかるんでスーパーで買ってきて麺類とかの方が…」

「チャーハンでいいよ」

「でも」

それじゃあメイン一品になってしまう。
そう続けようとするが、前触れもなく部屋に響いたチャイムの音に遮られた。

先輩はソファーから動く気配がないので僕はリビングに付いているカメラ付きのインターホンで訪問者を確認する。
宅配とかなら代わりに出ればいいのだが、そこに映っていたのは派手な女の人。

「あの、先輩…」

どうする事もできず先輩を呼ぶとダルそうにソファーから腰を上げ、ペタペタとこちらへ歩み寄ってくる。
カメラを確認すると眉を顰めながら通話ボタンを押す。

「ちょっと待ってて」

『あ、亜緒〜』

スピーカーから聞こえたのは想像通りの声。
僕、帰った方がいいのかな。

どうすればいいのか困惑していると、かけられる声。

「カルボナーラ食べたい。材料これに書いて」

言われて紙とペンを渡された。
戸惑っていれば早く、と急かされる。
とりあえず必要な材料を書き出すが、訳が分からない。


書き終え、どうしたものかと思っていると手の中の紙がなくなる。
先輩はそのまま玄関の方向へ向かい、話し声が聞こえたと思ったが、リビングに戻って来たのは先輩一人だけだった。

「あの…?」

「買いに行かせたから」

僕はどうすればいいのか…
そういうニュアンスを込めて声をかけたのだが、検討外れの答えと共に先輩はまたソファーに腰を下ろした。


「颯太も座ったら?」

「…はい」

言いながら雑誌を広げる先輩の隣に僕は言われた通りちょこんと座る。

「余った生クリームはホイップして甘くしといてね。カルボナーラの後に食べるから」

「わかりました」

予想通りの事を言われ、さっきの紙にイチゴも書いておいて良かったと内心思う。
まあイチゴなんてなくても先輩はホイップクリーム単品で十分なんだろうけど。

手持ちぶさたになった僕は何となく先輩の読んでいる雑誌を盗み見る。
メンズファッション誌らしく、カッコいい男の人達がいた。

僕もファッションに気を遣ってみようかと半分冗談で思いながら眺めていると、おもむろに雑誌を閉じる先輩。不信に思いどうしたのかと目を向けるが特に何も変化はなかった。

「あの、僕やっぱり帰りますか?あの女の人にカルボナーラ作ってもらったらいいんじゃないですか?」

「得体の知れない人間の作った料理なんて嫌だよ」

別に拗ねてこんな事を言った訳じゃない。先輩がそうしたいのかと思って言ったのだが、その先輩からはスッパリ拒否されてしまった。

「ならせめて材料は僕が買いに行ったのに…」

「いーの、別に。あのタイミングで来たあの女が悪いんだから。ヤる気もない女に優しくする理由なんてないんだから」

言ってる事もやってる事も最低極まりないのにどうしても嫌いになれないのは、先輩だから。
そして僕に買い物に行かなくていいと言ってくれた事も僕の料理を食べてくれる事も嬉しかった。

そんな事を思う僕も大概最低で狂ってる。

軽薄そうに言う先輩に対して曖昧に笑って誤魔化すが、やっぱり見ず知らずの人をパシリのように扱うのは悪い事をしたと思う。

「あの、僕今の内にシャワーしたいんですけど借りてもいいですか?」

「別にしなくていいよ。今日はするつもりないし」

「え…?」

じゃあどうして僕は呼ばれたのだろう。
やっぱり料理できない人とヤった後なのだろうか…

グルグルと消えない疑問が頭を彷徨っている中、シャワーは諦め、僕は材料が届くのを大人しく待った。




無事帰ってきた女の人からレジ袋だけ受け取り、そのまま女の人を追い返してしまった先輩にカルボナーラと簡単なサラダを作り、食後にホイップクリームとイチゴを出してあげた。
相変わらずというか、先輩がイチゴにつけるクリームの割合が可笑しかった。


((期待だけはしないように))



 
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