きみと僕が〜 | ナノ
◎ すがるようにキスをする
「アァンッ!せんぱっ!そこッもっと、…ああッ!」
いつも通り先輩に呼び出された僕は、悲しいような、諦めたような、よく分からない感情に支配されながら男の甲高い声を聞いていた。
そしてじわじわと迫ってくる気持ち悪いという感情。
一応インターホンは押したが応答がなかったため合鍵を使って、勝手にマンションの一室に入った僕は何をするわけでもなく、広いリビングの大きなソファーに座って待っていた。
寝室で行われている行為の終了を待っているのか、先輩の身体が空くのを待っているのか、見ず知らずの男がこの部屋から出ていくのを待っているのか、僕と先輩の終わりを待っているのか。
僕は一体何を待っているのだろう。
ぼーっとしていれば、いつの間にか声は聞こえなくなっていた。
「颯太きてたんだ」
「お邪魔してます」
声が止んだのに気づいてから数分もしない内に上半身裸の先輩が寝室から出てきた。
自分から呼び出したくせに、それを忘れているかのような先輩の反応に心がズキリと痛む。
「いつからいたの?」
「えっと、多分ちょっと前です…」
ダイニングキッチンへ向かい冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しながら言う先輩に僕は曖昧に答える。
ゴクゴクと喉を鳴らした先輩は僕の答えに「多分ってなんだよ」と可笑しそうにクスリと笑った。
「よく覚えてなくて…」
「そう…」
ミネラルウォーターを冷蔵庫に戻した先輩はそう言いながら僕の方へと歩み寄ってくる。
そのまま広いソファーの隅っこに座っていた僕の隣に間を空けずに腰を下ろした。
「どうして覚えてないのかな?」
「………」
「なに?だんまり?」
唇を噛み締め俯く僕の顔を下から覗きこみながら、黙りこむ僕に返事を促す。
「…その、先輩が他の人と、その…そういう事してるのが、辛くて、ぼーっとしてて…だから、あの、」
「そういう事?そういう事って何?」
「だから、えっと…」
どうしようかと困っている僕と反対に先輩は酷く楽しそうに口元を歪めていた。
何も言えず流れる沈黙。
それを破ったのは、つい先ほど先輩が出てきた寝室のドアが開いた音と綺麗なアルト声だった。
「センパイありがとうございました。悦かったです」
「それじゃ、また」、そう続けたその男は、先輩からの返事を期待していないようでさっさと部屋から出ていく。
またって…またするという事だろうか…
というか、今日だって初めてじゃないのかもしれないな…
その言葉の意味を悶々と考えていた僕は先輩の視線を忘れていた。
ハッと意識をリアルに戻して僕は先輩の身体を押してソファーから立ち上がる。
「あの、用事がないなら僕も帰ります」
先輩の顔を直視できずに自分の足の爪先を見ながら早口でそう告げ、背を向けた。
そのまま玄関へ続くドアへ向かう。
はずだったのだが、意志とは反対の方向へ引かれた腕によって、驚きに目を見開いていた間に背中はソファーの柔らかな感触に包まれていた。
「颯太は帰っちゃダメだよ。そういう事、まだしてないでしょ?」
目の前には笑顔の先輩と、その奥には天井。
「颯太の可愛い声が聞きたいな」
とろけるような甘い声で囁かれてしまえば僕にはどうすることもできない。
ああ、僕もあの男みたいに気持ち悪い声を出すのかな。
先輩のキスに応えながらそんな事を思った。
((大好きな先輩の笑顔と、気持ち悪い僕の感情))
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