きみと僕が〜 | ナノ


◎ もう過去の話です。


「ねぇ颯太は今まで誰かと付き合ったことあるの?」

「え…?」

学校から先輩のマンションに向かっている夕焼け空の中、先輩の言葉に僕は一瞬呆ける。

「だからー、女の子でも男でもどっちでもいいから恋人がいたことってあるの?」

「あ…、えっと、ないです」

いきなりどうしてそんな話になったのか。
先輩の質問のニュアンス的には嘘とも本当とも受け取れるグレーゾーンの答えを後ろめたい気持ちで答える。

「えー、ほんと?」

「本当ですよ」

自然と早口になってしまう僕の言葉を信じたのかは分からないが先輩はそれ以上何も言わなかった。


僕が初めてセックスをしたのは中1の夏だった。
相手は2個上の同じ学校の男の先輩。

体育祭の合同練習の時、自分の種目の集まる場所が分からず困っていた僕に、同じ種目だったらしい彼は声をかけてくれて。
派手な見た目に気後れした僕にも彼は嫌な顔せず笑ってくれた。

当時虐めなんてものはなかったし、少ないながらも友達はいた。
それでも目立たない僕に親切にしてくれたのは数人の友達くらいで。
友達からの優しさも勿論僕には嬉しかったけど、全然関わりのない人からの優しさは久しぶりで新鮮だった。

僕なんかにも優しいんだ。
きっとみんなに優しい人なんだと思った。

でもやっぱり嬉しくて。
気づけば目で追っていた彼は派手でかっこよくて人気者で、みんなの中心にいるような人間だった。
ちょっとでも確かな事が知りたくて友達に聞いて名前も知った。
噂という名の現実も。

なんら不思議のない事だったけど、やっぱりショックはショックだった。
どうにかなろうなんて思ってはいなかったけど、知らなければ良かったと思った。

不確かな彼でさえ、もう知るのは止めようと思った。戻れなくなる前に。

彼が声をかけてきたのは丁度そんな時だった。

「俺とセックスしてみない?」

もちろん断るつもりだった。
どうせ自分も飽きて捨てられるだけなんだ。
今ならまだ大丈夫。

そう思っていたのに、頭では分かっているのに、既に手遅れだったと気づいた時には、頷いていた。


それからズルズルとセフレという位置に収まり、結局1年後に僕からさよならをしたのだけど。

非凡な性癖を持つ平凡な僕にも関わらず、よく1年間も相手をしてくれる人間がいたものだと、今でも思う。

彼との出会い方も先輩との出会い方も似たり寄ったりで、二人とも年上で、恋人にはなれない関係が続いていく。
本気で人を好きになったのはまだ2回目だけど、僕の好みはそういうもので、まともな恋愛はできないんじゃないかと思ってしまう。

きっと先輩との関係も辛くなって僕からさよならして、また違う誰かに助けられてその人を好きになるんじゃないかな…

なんて想像しやすい僕の未来。

でも今はまだ我慢できるから。
僕の我慢の限界を超えるのが先か、先輩が飽きるのが先か、それだけのこと。


「何考えてんの?」

「え…?」

「ぼーっとしてた」

「あ、ごめんなさい…」

気づけば既に先輩のマンションに着いていて、綺麗なエレベーターで最上階まで昇っていた。

「じゃあさ、ヤった事はあるの?」

「え…?」

「付き合った事はない。じゃあセックスは?」

一瞬何の事を言っているのか分からなかったが、先ほどの話の続きだと分かった。
分かった瞬間、その質問にどう答えるのがベストなのか分からなくなった。

「颯太?」

「あ…ない、です」

名前を呼ばれ、反射的にそう答えていた。
嫌な汗が全身から吹き出し、身体が熱い。

見慣れたマンションの一室のリビング。
座り慣れたソファーに並んで座る。

「うそつき」

先輩の慣れない雰囲気が嫌で、どうにかしたいけど、どうにもできず先輩の次の言葉を待っていた僕の耳に入ったのは、冷たい声だった。
やっぱりバレたかとも思うし、どうしてバレたのだろうとも思う。

「僕が病気になったらどうするつもりだったの?僕がもしゴムを着けないような人間だったらどうするつもりだった?」

それを言われてしまうと押し黙るしかなくなる。
過去にセックスをした相手はコンドームを着けない主義だったし加えて多数の男女と肉体関係をもっているような人間だった。

僕が病気の可能性は十分ある。

「…ごめんなさい」

それしか言えないような気がした。

「そいつとはゴムは?」

「してませんでした」

「ハハ、笑わせないでよ?僕はゴムつけてんのにそいつは生って、颯太は可笑しいと思わない?」

何も返せなかった。
コンドームはあくまで相手の身と自分の身を守る為のもので、数年前の彼は安全より快楽を優先した。
先輩がちゃんとコンドームをつけるのは安全性を考えて、自分の為につけている。
そう考えると、先輩の言葉の方がどこか可笑しなものに聞こえた。

「明日検査に行こっか?陰性だったら、いっぱい中出ししてあげる」

ソファーに押し倒されながらそんな事を囁かれた。


((でも過去は現在と繋がってる))



 
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