きみと僕が〜 | ナノ
◎ ぐちゃぐちゃに混ざる感情
「君が伊山くん?」
「え…?」
学校の休み時間、トイレに行こうと席を立つと、ちょうど扉の所で見た事のない男に声をかけられた。
「先輩がクラス教えてくれないから探すの大変だった」
知らない男に声をかけられ何事かと思うが「先輩」という単語に1人の顔が思い浮かぶ。
「前に先輩の部屋で1回会ったっていうか、鉢合わせたっていうか…まあ、覚えてないかな?」
何の用だろうか。
そんな事を心の中で思っていたが、男が発した言葉に反応して僕はその顔をまじまじと見つめた。
小綺麗で中性的な顔と僕より少し低い身長。
しかし先輩のセフレはみんな小さくて可愛い類の男ばかりで、部屋に連れ込むのも日常茶飯事。
先輩からの強引な呼び出しでセフレとの鉢合わせも幾度となく経験してきた僕には彼を思い出す事はできなかった。
「まぁ別にいいけどね」
黙り込む僕を見て察したのか、男はそう言う。
少し申し訳ない気持ちが湧き出て、僕は「ごめん」と小さく呟いた。
「僕は君のこと知ってるんだ。先輩から聞いてるから」
「え…」
いきなり変わる話についていくのが大変だが、先輩が僕の事を話しているのに驚いた。
何を話してたのだろうか、僕の何を。
「何話してたか教えてあげるから、ついてきて」
そう言われてしまえば着いて行く選択肢しか僕にはなかったし、扉付近という何とも迷惑になる場所で話し込むのも気が引けた。
そして黙って着いて行った場所は教室からそう離れてはいない空き教室。
教室の方からざわざわと声が聞こえてくるが、ドアを閉めれば割と静かな空間だ。
「で、何話してたの?」
僅かに沈黙が流れたが、それを聞きにきたのだ。
「結構べらべら話してたよ」
何がそんなに楽しいのか、口元は薄く弧を描きニヤニヤと笑いながら言う男。
まあどうせ僕にとってマイナスな事なのだろう。
そして笑う男にとってプラスの事なのだろうか。
察しはつく。
しかし悪い事だと思っても、聞かない方がいいと分かっていても、聞かずにはいられなかった。
「君が可愛くて仕方ないって。一途で健気で、自分のことが大好きだって」
クスクス笑いながら言う男は先程までと同じ調子で、そんな事を言う。
「先輩が言ってたの?」
構えていた僕だが見当違いの言葉に若干戸惑い、確かめるように聞き返した。
「言ってたよ」
「そっか」
即答で肯定され、僕はその事実を確認するように独り言のように呟いた。
「本当にそうなんだ?先輩のこと好きなの?」
「好きだよ」
相変わらず笑みを貼りつけている男に、今度は僕が即答で肯定する。
当然好きだ。大好きで仕方ない。
この男は今何を考えているのだろうか。
どうしてわざわざそんな事を言いに来たのだろうか。
「…僕も、結構君が好みなんだ。一途で健気で。…ねぇ、試してもいい?」
「え?」
訳が分からず疑問に思っていたところで更に訳が分からなくなるような事を言う。
試すって何を、と聞くより先に男は笑いながら予想もしない言葉を放った。
「どれだけ淫乱なのか」
「なっ…!?」
これはからかわれているのか。喧嘩を売られているのだろうか。
話していたという先輩の言葉に心中嬉々としていたというのに、これはどういう展開か。
「だって先輩が言ってたんだよ?君は淫乱だって」
そうか。
先ほどのは先輩が言っていた事のほんの一部でしかないんだ。
それでも、決して嫌という事はない僕は呆れるほどの単純さ。
「僕さ、リバだからタチもできるんだよね。それとも君も挿れてみる?さっきまで先輩の入ってたアナに」
「………」
先輩が言う「淫乱」は嫌ではないが、知らない男にそんな事を言われる筋合いはない。
セクハラに近い浅ましい男の発言と余裕を見せつける様に弧を描く口元は僕の癇に触った。
「怒らないでよ」
相手を睨む事はないが自然と眉間に皺が寄ってしまっているのは自分でも分かる。
言いながら僕との距離を縮めようと一歩足を踏み出す男の動きを止めた、ドアの開閉音。
ほとんど同時にそちらに目をやれば先輩の姿。
「なーにしてるの」
いつもみたいな軽薄な笑みを浮かべながら楽しそうに言う先輩に僕は何も言えなかったが男はすぐに口を開いた。
「あれ、先輩…忘れ物ですか?」
「駄目だよぉ颯太は僕のなんだから手ぇ出しちゃ」
「無視しないでくださいよ」
噛み合ってない会話なんて気にならないほど男の言葉が頭に残る。
忘れ物って何…?
セフレだという事は分かっていたし、事後の雰囲気が漂っていたから先輩とヤった後なんだろうとは思っていたが、まさかヤっていた場所に連れてくるなんて。
初めからいい印象はなかったが、途端に男が嫌な人間に思えてくる。
「じゃあ3Pならいいですか?」
「だーかーらー、颯太は僕の。君はもうどっか行ってよ」
「えー」
支配欲でも先輩の言葉が嬉しい。
でも男の言葉が意味する現実から目を反らせない。
この場所から早く離れたかった。
「早く」
「じゃ、伊山くん。またね」
低くなった先輩の声に諦めたのか、男はそう言い残して一人で教室から出て行ってしまった。
「なに知らない男についてってんの?」
「だって…っ」
「だってじゃない」
一瞬静かになった教室だったが軽い口調で口を開いた先輩に、僕は悪くないという意味合いを込めて無意識に発した言葉は一蹴されてしまった。
じゃあ僕はどうすればよかったのか。
そんなの、先輩が言うようについて行かなければよかったのだ。
でも、殴られる事はあってもあんな展開になるとは思ってなかったし、先輩の事が知りたかった。
「震えないでよ颯太」
「ごめんなさい…っ」
半泣きで震える僕を抱き締め、あやすように背中をさすってくれた。
それでまた泣きたくなる。
「早退しよっか」
先輩の言葉に僕は頷く。
この場所から早く離れたかった。
((聞きたいことはたくさんあるけど))
前|次
[戻る/文/10^-24]