きみと僕が〜 | ナノ


◎ 嬉しい非日常


何があったのかとか、どういう気分なのかとか、そういうのは分からない。
分からないけど、偶に、本当に偶に先輩からどうでもいい電話がかかってくる。

事務連絡のような電話はよくかかってくるが、していて何のメリットも感じないような電話はかなりレアだ。

そんな電話はない事が当たり前で、先輩は不意討ちで僕に幸せをくれる。


「夜は何食べたの?」

「パエリアと照り焼きチキンと、後コンソメスープです!」

いつも忙しくてほとんど家にいない両親だけど、時間がある時はご飯を作りに来てくれる。
今日も僕が学校に行っていた時にお母さんが来ていたみたいで夕食を用意しておいてくれた。

美味しそうな料理と冷蔵庫に入っていた有名店のケーキに僕はホクホクした気持ちで一人の夕食を終えた。

「何か豪華。颯太は凄いね。今度僕にも作ってよ」

「あ、いえ。今日はお母さんの時間が少しあったらしくて作っておいてくれたみたいで…」

先輩からの話題に嬉しくなりながら答えれば、作ってほしい、なんて言われてしまい慌て作ったのが僕ではない事を伝える。

「そーなんだ。良かったね」

「はい!あの、パエリアと照り焼きチキンの作り方お母さんに聞いて練習しておきますね」

作れないのであれば、作れるようになればいい。
先輩から『作ってほしい』なんて言われてしまえば、作るしかない。というか、率先して作ってあげたい。

「ありがと。僕はね、ハンバーグだった。あんまり美味しくなかった」

「あはは」

ハンバーグはどうやって用意したんだろう。
誰かに作ってもらったのかな。
そんな事しか思い浮かばず、返し方も分からずに曖昧に笑う事しかできない。


「やっぱりレトルトは嫌だね。ハンバーグも今度作ってよ」

「っもちろん!」

先輩の言葉に自然と笑顔になる。
他の誰かに用意させた料理がレトルトだという可能性は低い。
自分が料理出来ない分レトルトや既製品ばかりになってしまうので、下手でも何でも、先輩は手料理に拘る。
他人に作らせた物がレトルトなら作らせた意味がなく、それなら自分で用意をすると考えるのが先輩だ。

そして僕はレトルトなんかじゃなく、ちゃんとしたハンバーグを作れる。
今度特にリクエストがない時はハンバーグにしよう。
そう思いながら先輩には見えていないのに勝手に頭がコクコク動いていた。


「今日はお母さんのご飯だけでも嬉しかったのに先輩から電話もあって凄く幸せです」

「そっか」

先輩にとっては重いだけなんだろうけど、僕は故意的に好意を押しつける。
迷惑で面倒だと思われていると分かっていても、僕は嫌がらせみたいに伝えている。

嫌われる事は怖いけど、先輩の柔らかい声に今日は少し安心する。
そして、温かい気持ちになる。

次『好き』を伝える時も、どうか否定的な言葉だけは返ってこない事を願って。


「明日、13時に来て。お昼も作って」

「分かりました。えっとお昼は…」

「美味しいハンバーグがいーな」

「ふふ…頑張って美味しく作ります」

『今度』なんて考えていたが、明日になって俄然やる気が湧いてくる。
頑張ろう。頑張って美味しいのを作ろう。


「あ、お母さんがダポールのショートケーキも買ってきてくれたみたいで、明日持って行きますね」

「別にいいよ。颯太が食べなよ」

「あ、そうですよね。消費期限も気になるし、自分で買えますよね。すみません…」

喜んでもらえると思ったのだが、拒否されてしまい取り繕うように僕は謝る。

「そうじゃなくて…お母さんは颯太のために買ってきてくれたんだし、僕は食べれないよ」

「でも、チーズケーキと2つあって…僕今日は夕飯食べ過ぎてケーキまで食べれなかったから…でも本当は嫌だったんならすみません…」

思わぬ先輩の言葉に僕は大丈夫だという事を伝える。
一人で食べるより一緒に食べたい。
これなら先輩も喜んでくれると思ったのは箱を開けてショートケーキの存在を確認した時。

「颯太も食べるなら僕も食べるよ。ショートケーキ、僕が大好きなの知ってるでしょ?」

「っはい」

僕に気を遣っているのかもしれない。
でも多分、先輩が僕に気を遣う理由なんてないから、ただ単にショートケーキが食べたいだけなのかもしれない。


まあそんな事はどうでもよくて、先輩との明日に思いを馳せた。

「じゃあ明日よろしくね」

「13時に行きますね」

「ん。おやすみ」

「おやすみなさい」


((幸福感という名のメリット))



 
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