short story | ナノ



「ねぇ」
「な、なんです?」

 身の危険を感じる。あぶない。あの笑顔は、彼のあの笑顔は、あぶない。
 考えるより早く、ロミーは一歩ずつ後ろに下がった。白が映える綺麗な壁と後頭部がいい音を立てて挨拶し、それ以上先がないことを知る頃には、マツバは彼女のすぐ目の前まで迫っていた。

「どうして逃げるんだい?酷いな、傷ついたよ」
「私がその数百倍ほど傷物になると思うんですがどうでしょう?」
「傷物って、それはキミ次第だよ」

 苦笑しながらマツバはマフラーとヘアバンドを外す。手は滑るようにロミーの腰を引き寄せ、耳元で囁くように話すんですか?とか、なんで以下略と訊きたいことは山程あるが、今はそれどころじゃない。一刻も早く逃げなければ、まずい。

「僕はただ、お昼のお誘いをしようと思っただけなのに。」
「言いながらマフラーをわたしの手に巻き付けるのやめてください。」
「コガネのデパートに美味しいお店があるから、ロミーちゃんも招待しようと思っただけなのに。」
「言いながらマフラーをきつく縛らないでください。警察呼びますよ。」

 ふわり宙に浮く。前で両手を縛られたまま、軽々と抱えあげられて。外見草食、中身は獰猛肉食獣の目指す先は、当然のように寝室。
 ああ、もう駄目。逃げられないわ。お父さんお母さん、ロミーはオトナの女になります。

「足、縛ってないから逃げられるのに。そんなに僕が好きなのかな?それとも、僕にいじめられるのが……」

 うるさい口を先に塞いだのは、わたし。もういい、どうにでもなってしまえ。世界一柔らかい感触に、溶けてしまえばいい。
 

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