ランナーズ・ハイ | ナノ

ランナーズ・ハイ


 【本日人類滅亡】今日15〜21時の間に隕石落下で人類滅亡するそうです。

 なんて数ヶ月に一度は世間の一部を賑わすゴシップ。半信半疑することも馬鹿らしくなるそれは、宇宙人がそこかしら歩いてるだけの退屈な日常における一種の娯楽に過ぎない。俺が英雄になると豪語する者、今日は仕事を休んで遊ぶと現実逃避する者、今日で人生が終わるのかと回想にふける風を装う者……。誰も本気で隕石が衝突するだなんて信じているはずがなかった。
 たった一人を除いて。

“船だして! みんなしんじゃう!!”
「は?」
“しんすけが壊すまえ地球なくなる!!”
「……、誰かこいつの頭ん中を解読できる奴ァいねェのか?」

 椿鬼は真顔だった。真剣かつ必死な訴えだった。その表情、せめて攘夷決行中に見せてはくれないだろうか。ニヤつきながら通り過ぎようとする万斉を逃がさず押さえつけながら晋助は思う。戦場の真っ只中でひとり怯えていたかと思えば、無理やり和ませようと堅い笑顔を浮かべている。毎度のことだ。破壊主義に染まっていないことを幸いと思うべきか、それとも災いなのか。
 とりあえず今は元凶と思われる万斉の口を割ることが先決だろう。

「痛い痛い痛い、離せ晋助」
「てめーだろ、余計なこと吹き込みやがったのは」
「拙者はただ記事を読んでいただけで……、ぶいあいぴーのまとめサイトでござる」

 万斉から渡された携帯電話(と思ったらタブレット式だった。どこまでも最先端をいく男である)の画面を目で追いながら晋助は小さく溜息をついた。予想通りというかなんというか。あまりにお約束すぎるせいで、半泣きの椿鬼を宥める手段を思案するのも億劫になってきた。

「『本日人類滅亡』ねェ……」
“どうしたらいいの?”
「屋根の上で数時間、バット持って待ち構え」
「もう黙れ万斉」

 いい加減厭きた。携帯電話を目の前のバカに投げ返し、椿鬼に来いとだけ告げる。
 椿鬼を部屋に誘い、座らせると、目の前に飴玉の詰まった瓶を置いてやった。普段ならば瞳を煌めかせて飛び付くくせに今日はそわそわと落ち着かない(それでも少し気になるらしく何度か視線は瓶を向いていた)。瓶の蓋を開けて、ビー玉のように輝く飴を一つ口に入れた。顎で示すと、椿鬼もようやく飴玉を手に取る。口には入れない。いつもの嬉しそうな顔もない。

“しんすけ こわくない?”

 椿鬼は今にも泣き出しそうな目で言葉をこちらに向けた。バカというか子どもというか、からかって終わる簡単な問題ではなくなってしまっている。本気で怯えているのだ。思い返してみれば椿鬼は隕石などという言葉すら知らないはずだ。万斉からどのような説明を受けたかは定かでないが、船を出せと切羽詰まった様子で詰め寄ってきたのも、今になって思えば当然か。

「……そんなに、怖いか?」
“こわいよ”

 即答だった。わずかに震える指先が恐怖心をそのまま表しているようで、痛々しいとすら思えた。

“なにも成せない しんすけ守れない このまま死ぬのはこわいよ”

 ついに涙をこぼす椿鬼を、黙って見つめていた。今の椿鬼が求めているのは、嘘にしか聞こえない優しく甘い言葉でも、現実的すぎる厳しい叱咤でもないように思えた。何もないはずの今日が突然命日になったことに対する謂れのない罪悪感をまずは取っ払ってやるべきか。でもどうやって?
 答えは一つしかない。

「じゃあ隕石とやらがぶつかるまで、守っててもらおうか」

 華奢な体を緩い力で包み込む。
 時間をおいてから少しだけ体を離して、涙を指の腹で掬った。いつまでたっても泣き虫なのは、もういっそのこと変わらないでいてほしいとさえ思う。何か言いたげにしているので取り落とした会話帖を渡してやった。

“これじゃ守られてる”
「今日で全てが終わるってんなら、最期くらい守ってやらァ」
“だめ 守るのは”

 続きを書こうとした手を握った。筆も帳面も部屋の隅に転がして、今度は強く抱きしめる。納得させるために一言告げようとすれば口の中の飴玉が邪魔になる。心なしかかさついている椿鬼の唇に、自分の唇を少々強引に押し付け、邪魔な固形物を捩じ込んでやった。
 ついに手を出してしまった少しの罪悪感と、大きな達成感。椿鬼は左耳の上で揺れる真っ赤な椿の髪飾りと同じくらい頬を紅潮させてこちらを凝視している。なんとなく気まずい空気を脱するために、彼女の後頭部を押さえて顔を胸板へ埋めさせた。そうしてようやく椿鬼は、背に手を回してくれた。この弛みきった笑顔を見せるのはあまりに気が引けて、長いことそのままにした。
 しばらく経っても椿鬼は、耳まで赤いままじっとしている。その小さな形のいい耳に口を寄せて、呟いた。

「最期くらい俺の腕ん中で、笑って、死んでいけ」

 いつもの笑顔が、見えた気がした。




君の英雄になりたいんです





 【本日人類滅亡】U.F.O.飛来により人類滅亡するそうです。

“船だして! みんなしんじゃう!!”
「は?」
“しんすけが壊すまえ地球しんりゃくされる!!”
「……、今度は侵略か」

 数ヶ月たったある日の始まりは、きっとまた同じだろう。その時も同じ顔で、君を見守りたいのだと、柄にもなく祈る。
 

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