ランナーズ・ハイ | ナノ

ランナーズ・ハイ


 久々に降り立つ江戸の町は、相変わらず華やかで、そして相変わらず気ぜわしい。人々の多様な生活に合わせて、決まりとか伝統とか言われる概念はそこに存在しなかった。ただ歩くだけでも飽きない。
 しかしながら、“捜し”ものをするには、やはり適さない場所だとあらためて痛感する。それが例えば“探し物”ならば幾分マシな結果も収められるだろう。“捜し”ものだ。つまり、対象は動き回っている。こうして呆然と立ち止まっている今もなお。強いて言えばこの状況、もはや誰が捜しているのか、誰が迷っているのか、誰が捜されているのか、分かったものではなかった。
 あの日のように。

 初めて江戸にやってきた、あの日のように。





迷子テロリストと甘党男





 ――こちらは、大江戸警察です。本日は祝日につき、迷子さんが増えております。親御さん方は今一度、お手をご確認ください。ちゃんと握っていますか?お子さんの手を……――

 聞こえてくる公衆放送に椿鬼は顔に苦笑を貼り付けるほかない。どっちが保護者だか分かりしない。捜しているのは確かに自分だが、捜されている彼は迷ってなどいないのだ。まったく不公平な話である。
 生まれて初めて降り立った江戸の地を人捜しに奔走。右も左もわからない椿鬼に晋助捜索を依頼したのは、万斉だった。他に絶対適任が居たはずだと、今さらながら二つ返事で引き受けたことを椿鬼は強く後悔した。
 晋助を捜す手掛かりは、煙管のにおいと派手な着物くらいしかない。だがこの町には同じような風貌の者がそこら中にひしめき合っている。いよいよ困った。船に戻ることも何度か考えたが、帰る道もすでに遠い記憶の果て。京は碁盤状に街並みが整理されていたが、ここは不親切に入り組んでいるうえに、人が多い。どの手段を取るにせよ、彼を見つけないことにはどうしようもないらしい。

「止まれ、ガキ。廃刀令の御時世に刀ぶら下げるたァ、いい度胸してるじゃねーか。親父のおつかいか?」
「身分証出しなァ。保険証でいいから、な?」

 嫌な予感がした。自分に話しかけてきている、黒い洋装の男たち。
 いつの間に囲まれていたのか。異人でも天人でもないようだ。と、いうことは、これが万斉の言っていた武装警察・真選組かと椿鬼はひとりで納得する。万斉が自分を差し向けたのは、真選組を警戒してのことだ。しかしあまりに手回しが早い。すでに鬼兵隊が江戸上陸を果たしているという情報がどこからか漏れているのではないか。だとすれば一刻も早く晋助を見つけださなければならない。その前にこの状況をどう切り抜けるべきか。切り捨てて逃げるにはあまりに人数に差がありすぎる。

「黙ってねーで出せっての」
「神妙にしろィ。攘夷浪士じゃなけりゃ、素直に出せるだろうがよ」

 これがそこいらの浪人や幕臣であれば、逃げるも斬るも難なくこなせただろう。だが、目の前にいるのは仮にも武装警察。一筋縄でいかないことくらい目に見えている。正面で対峙する煙草の男を睨み据えながら、椿鬼はただ思索を巡らせる。

「……こんなガキがテロリストの真似事たァ、世も末だな。誰の一派だ?桂か、それとも」
「土方さん、面倒なんでさっさと終わらせやしませんかィ。何をしたってこの手合いは喋りやしやせんぜ」

 その一言で、取り囲んでくる全員が刀を抜く。やむを得ない。手負いになろうと切り抜けなければならない。捕らえられるくらいなら、舌を噛むしかあるまい。腹を切ってもいい。晋助や鬼兵隊と関わりがあると知れるだけで、隊の命運すらかかってしまう。ここに自分がいるだけで、鬼兵隊が到達していることが幕府に割れてしまうのだ。どのあたりが手ごろか、正面はあり得ない。ならば、後ろからか。椿鬼は勢いよく、踏み出した。

「待て待て、税金泥棒共。そいつァテロリストでもフェミニストでもなんでもねーから。初めてのおつかいだから」
「……万事屋?」

 動かない。刀を抜こうとした手を、誰かが押さえこんでいる。この熱、手の温度が、たまらなく怖い。なのに逃げ出せない。誰だコイツは。鬼兵隊の連中じゃないことは確かだ。あそこにいるゴロツキがこんな真っ当な手を、声をしているはずがない。見上げた男の目は、彼に、似ている気がする。

「旦那ァ、誰なんですかィ?この坊主」
「コイツの親父が依頼人でなァ。いつまでも一人立ちしねーから配達の仕事手伝わせようとしたんだが、いかんせん方向音痴でね。仕方なく俺らが付き添いしてやってんの」
「配達ってなに?刀配達してんのお父さん?刀のデリバリーサービスなの!?」

 だろ?などと肩を掴まれれば、頷くしかない。椿鬼はわけもわからぬまま完全に男のペースに呑まれていた。男の醸し出す“なにか”は、何故か付き従う彼のものにどこか似ている気がする。なにもかもが違うはずなのに。
 一方で男―坂田銀時も違和感に似た“なにか”を感じていた。だからこそ、なんの面識もない少年らしき者が異様に気になった。他に理由なんてない。“なにか”の正体を知りたいだけだ。これが例え攘夷志士であったならば、尚のこと。

「つーわけだ、客が待ってる。行くぜ剣心」
「違うネ銀ちゃん。剣五郎アル」
「いや、それも違うと思う。行きましょう剣八さん」

 風変りな服装をした少女に手を引かれ、椿鬼は否が応でもついて行くしかなかった。鬼兵隊ではない同業者だろうか? 
 ありえない。ならば真選組が退く意味がわからない。銀ちゃんと呼ばれた男はただまっすぐ前を見ているだけだった。結局一度も、自分の目を見てなどいなかった。





「今回ばっかは奴らの言うとおりだ。ガキが刀持ってうろついてるなんて正気の沙汰じゃねーだろ。悪いことは言わねー、攘夷浪士の真似事はやめとけ。お前がかーちゃんから出てきたころにゃ、とっくに攘夷戦争なんざ終わってただろうよ」

 男の自宅らしき場所に連れ込まれて早数十分。新八と呼ばれた少年と、#名前#が先ほど手を引かれた少女‐神楽が会話をしているだけで、何を聞かれるわけでもなく時間だけが過ぎた。
 そして男はようやく口を開いたのだ。ひとりごとのように、誰かを諭すように。向けられる視線は真っ直ぐに、どこか影を落としながら。どのタイミングでなにを答えればいいのか、椿鬼にはわからなかった。

「……なんか喋れやァァァ!!!聞こえてる?俺の声聞こえてるぅぅ!?」
「もう、いきなり大きな声出さないでくださいよ銀さん。ほら、剣介さんは聞こえてますって。表情見てくださいよ」
「なんだてめー、聞こえてて答えないたァ、シカトしてるつもり?今時流行らないよーそんな嫌がらせ」
「銀ちゃん、剣五郎はきっと外国人ヨ。英語じゃなきゃ通じないネ。ハロー」
「え、そうなの?ハロー」
「いや、違うと思う」
「……Hello?」
「発音の問題じゃないから!どう見たって日本人でしょこの人!!」

 散々好き勝手に発言した後、銀時は再び椿鬼を見た。目の前の少年は口すら開こうとしない。過激派の要人ではあるまい。そんな手合いには世界が反転しようと見えない、まっすぐな目の持ち主だ。ならばどうして、刀なんぞ持ち歩いている?
 考えれば考えるほどわからない。手の施しようがなくなり見つめあうしかなくなった頃合い、ようやく動きを示した。どうやら、警戒は解いてもらえたらしい。銀時は微笑む。すると椿鬼も笑みで返した。

「……新八、紙とペンよこせ」





 返す機会を失ったペンは、まだ僕が持っている。返そうと思えば返せたはずなのに、僕はどうしてだか返したくなかった。鬼兵隊ではない人物との繋がりが、切れてしまうような気がして。何度も何度も僕の声の代わりを務めてくれた相棒は、随分と古びてしまった。今ではインクとやらが切れて、もう書けない。
 あれから何度か銀色の髪をした侍、坂田銀時に出会うことはなかったわけじゃない。会うどころか、その度に命を救われてきた。敵同士なのに。敵同士なんて思ってるのは、こちらだけなのかもしれない。彼はきっと、晋助を救おうとしている。いつだって、晋助を邪魔するのはきっと。

 ――こちらは、大江戸警察です。本日は祝日につき、……――

 ああ、いつかの風がまた吹く前に、“捜し”ものを見つけよう。
 

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