ランナーズ・ハイ | ナノ

ランナーズ・ハイ


「なっ……、何が起きている!?」
「……春雨同士で、撃ち合ってる?」

 目の前の光景は信じられないものだった。こちらを狙ってきたはずの春雨の戦艦が、同じ春雨の戦艦に集中砲火をあびせられているのだ。鬼兵隊だけであればお世辞にも勝っていたとは言えない屈強な戦艦が、徐々に煙を立てる。

「何も心配はいりませんよ、皆さん。全て手はず通りです」
「武市先輩?」
「あれは春雨第七師団。戦闘部族・夜兎の精鋭を擁する、春雨最強の部隊です」

 いつの間にか元の武市に戻っている。そんなことはどうでもよかった。

「彼らの長、春雨きっての武闘派・師団長神威殿の威光は、今や提督のそれをしのいでいます。今、十二師団長の間ではお飾りである提督を排し、神威殿をかつごうとする動きがあるのです」
「それがやられているということは……。あのうつけ提督、神威殿に属さぬ連中と我らを使って、己の地位をおびやかす彼らを亡き者にしようとしていると?」
「その通りです。我々は白兵戦最強を誇る第七師団を艦に押しこめると共に、孤立させるためのエサです。黙っていてすいませんでした。ムダに不安をあおってもどうかと思ったので」
「こっちの方がよっぽど不安だっつーんスよ!!」

 だが、これで我らが鬼兵隊総督も無事であろうことは大方確定する。総員、幾分落ち着いたように見受けられた。晋助に近しい自分たちが冷静になりきれなかったこの事態。全ては黙っていた晋助本人と、知りながらも黙っていた武市のせいにしてしまえばいい。

「また、いいように使われるんスか?」
「あの無能な提督のような男こそ、こちらにとっては操りやすいのです」
「……。しかし保身がために己が牙を折るとは……」

 万斉は窓の外を見た。第七師団の戦艦が、今まさに炎を上げたところであった。なんとも形容しがたい、やりきれない思いがじわりとこみ上げてくる。少数精鋭が全てとは思わないが、大所帯も考えものである。

「ふくれあがった組織は、その愚劣さをも増してゆくものでござるか……」





丁も半もない世界の間





「よくやってくれた、高杉殿! これでワシに仇なす反乱分子は消えた!!」

 勝者の宴、とでも言うべきか。人型とは言いがたい顔、人狼、そしてごく普通の人間が集う、少々異端の宴。阿呆提督は鬱憤が晴れたかのごとく高笑いを響かせていた。

「勾狼もその働き、見事であった。そちの春雨での地位、ワシが約束しよう」
「いえ、私はアホ……、阿呆提督配下十二師団団長としての務めを果たしたまで。反逆者への処遇を見れば神威についていた連中も目が覚め、提督への忠誠を新たにしましょう」

 滑稽な話だ。誰もが野心をちらつかせ、見え見えの嘘で忠誠を語る。これが宇宙最強の海賊と謳われる春雨の真の姿だ。今この瞬間こそが彼らの愚劣さをもっとも象徴している。
 もてなしの酒に手をつけることもなく、晋助は独り言のように呟く。

「……、ちと、勿体ない気もしたがな」
「?」
「あのガキ、象さえ一瞬で混濁させる毒矢をあれ程あびて俺の一太刀をうけてもなお、最後まで笑ってやがったな」

 目に浮かぶ神威の姿。血飛沫の中で不敵に笑う恐ろしくも美しい、まさしく戦闘狂と呼ばれるに相応しい表情。面白いと思った。久しく興味が湧いた。出会う場所が違えばと、惜しいとさえ感じた。夜兎の神威という人物はそれほど魅力的だったのだ、いい意味でも悪い意味でも。

「あの手負いでそっちの手勢が二十余名を殺っちまうたァ、奴を狩るための損害よりも、奴が抜けた損害の方が甚大な気がするねェ」
「構わんさ、あいた穴はそちら鬼兵隊が埋めてくれるのであろう?」
「……フン、悪いが遠慮させてもらうぜ」

 晋助はあしらうように笑うと席を立ち、刀を腰に差す。振り返り、異形の者たちへ向き直った。何度面を付き合わせても不快感だけが残る。目的のためとはいえ本末転倒だと誰かが言っていた気がする。その誰かも、やはり天人によって殺されてしまった。だからこそだろうか、ここでくだらないプライドが顔を出すのは。

「海賊の大幹部より、お山の猿の大将やってた方が俺ァ気楽でいい。それに俺ァこの鬼兵隊の名……、捨てるワケにはいかなくてね」
「ならば恩賞は……」
「何もいらねえさ。今まで通り、もちつもたれつでお願いするわ」

 誰かのためのものだとは言わない。そんなふうに思ったことは一度たりともない。それでも鬼兵隊の名は、どうしてもなにか特別な気がして。
 そのまま背を向け、宴の場から退散するとしよう。そういえば、椿鬼はどこに待機しているのやら。トラウマを理由に天人を目の敵にしている、いや単に怖がっているお子様を独りっきりで放置とは随分な趣向だと、なんだか少しばかり面白かった。

「提督……、お気をつけください。奴は神威以上に何を企んでいるかわからぬ孤狼ゆえ」
「わかっておる、芝居は二度はないさ」
「奴の飼い犬、あれをエサに高杉を」
「使えるものは使うまで。そちの思うままにするがよい」




 薄暗い地下牢、実際に地上も空もないのだから地下ではないのだろうが。一際目立つ赤い椿の髪飾りが揺れていた。大方暇を解消するために船内をうろつき、迷い込んだというところだろうか。
 椿鬼は晋助の姿を確認すると、人目も憚らず彼の胸元に飛び込む。が、晋助は受け止めて勢いを消すと貼りついた椿鬼をべりっと剥がす。ちょっと拗ねたように口を尖らせる椿鬼に構うことなく、そのまま牢の格子の前で身をかがめた。

「ちょうかはんか、ちょうかはんか、ウフフフフ……」
「……半だ」
「うふふー……、残念、丁じゃ……」

 哀れな女の末路。聞いた話では孔雀姫・華陀を名乗り、歌舞伎町の賭場一体を取り仕切っていたとか。それが今ではボルトとナットで、出来もしない丁半を仕掛けてくるただの廃人。江戸で見つけた時点で精神に相当な異常をきたしてはいたが、彼女の世話もとい拘束を任せた部下たちが一体なにをしていたのかは想像に難くない。特に処分する理由も見当たらないが。

「ありゃりゃ、今度はアンタが死ぬ番だね。そいつは呪いの博打だよ、負けた奴は必ず不幸になるのさ。俺も負けたんだから間違いない」
「……フッ、殺しても死なねェ化け物が、ぬかしやがる」

 いい加減不機嫌な椿鬼の頭を一撫でしながら、もう一人の囚人へと顔を向ける。相反し、哀れなどという言葉は全く似合わない。むしろ普段通りの、無邪気な笑顔だ。

「わざわざ手当てまでして生かしたのは、公開処刑でもして他の連中への見せしめにするためだろう? 日どりはいつ?」
「三日後だ」
「三日か……、俺とアンタ、どっちが先に死ぬかな?」

 晋助に向けられた“死”という単語に相変わらず敏感に反応する椿鬼を諌めるのも、なんだか面倒になってきた。大抵の場合がただの社交辞令にすぎないのだと、万斉に教育させることにしようか。

「アンタもわかってるんじゃないかい? ここの連中はどいつもこいつも、自分のことしか頭にない……、どれだけ恩を売っても、利用されるだけされてお払い箱さ」
「確かに。利用するにせよ、されるにせよ、こんなふがいない相棒じゃつまらねェってもんだ。こんな所にいたら折角生えたその立派な牙も、腐り落ちちまうだろうよ」

 この男、ひょっとして。これは聞いていた以上に傾奇者なのではないだろうか。いや、傾奇者なんて領域はとうに逸している。少し溜めながらも神威は直感を信じてみることにした。

「アンタ。……一体春雨に何をしに?」
「てめーと同じだよ。無様に生え残った大層な牙、つきたてる場所を探してぶらりぶらりだ。だが」

 一仕切り撫でてやったところで、晋助は神威の青い眼をじっと見つめる。彼の瞳の奥底に潜む狂気を、もう一度だけ見てみたい。だが、当然ながら戦う対象がいない今では、ただ死を待つものとなった今では、そんなものは見えはしなかった。

「こんなオンボロ船じゃどこにもいけやしねェ。どうせ乗るなら、てめーのような奴の船に乗ってみたかったもんだな。……行くぜ、椿鬼」

 椿鬼を先に歩かせながら、牢獄から少しずつ遠ざかる。
 惜しいと思った感情は、治まりそうにない。

「じゃあな、宇宙の喧嘩師さん」





「聞いたか、第七師団の話」

「どうやってあの第七師団を……、元老院の力でも借りたか」
「いや、噂じゃ高杉って奴の入れ知恵らしい」

「ひでー話じゃねーか、春雨のためにあれだけ武勲を重ねてきた連中が……」
「春雨のために動いている奴なんざ一人もいやしねーよ!」

「邪魔な奴は誰だろうと蹴落とす、これが春雨って奴なのさ」





 ガシャン、と刑場に響き渡る錠の音。今までこれほど清々しい明朗快活な笑顔を浮かべた処刑人などいただろうか。

『――……者ども、これが謀反人の末路だ。我に仇なすは元老に、元老に仇なすは春雨に仇なすことと同じ。これなる掟を軽んずれば、鉄の軍団も烏合の衆と成り果てる』
「ケッ、よく言いやがる」

 烏合の衆であることは昔からだと、至る所で小さく囁かれる。提督は、元老院は本当に気づいていないのだろうか。あるいはすでに自分たちが踊らされている? いずれにせよ、元々誰もがそれぞれの星から外れた者の集い。ここで異議を、声を大にして叫ぶ者などどこにもいやしなかった。

『――……神威よ、何か言い残すことはあるか?』
「それじゃあ、一つだけいいですか?」
『うむ』

 すうっと空気を吸い込み、神威はどこまでも晴れやかな笑みを浮かべた。提督の方を向き、それはもうにっこりと。

「アホ提督ー」
『……っ殺れェェェェ!!ブッ殺せェェェェ!!!!』

 束の間の沈黙。
 そして響き渡る、怒声。ハンドマイクがハウリングを起こし、えらく煩かった。

「まァ待てよアホ……、阿呆提督。そいつぁ俺にやらせちゃくれねーか?」

 処刑台への階段をゆったりとした足取りで踏みしめながら、晋助が姿を現す。雑然とした烏合の衆の掃き溜めであっても、彼はその場に似つかわず誰よりも優美だ。

「サシの勝負とやらには応じてやれなかったが、介錯くらいはつとめてやらねーとな」

 周囲が少しだけ、ざわついたような気がした。第七師団長・神威を陥れたと言われる張本人の登場に憤っているのか、それとも。
 そんな場の一角に、闇が色濃く蔓延る。勾狼は部下たちにだけ聞こえる小声で、指示を出した。

「……俺が合図したら、高杉も殺れ」

 これこそ自らの出世の道。利用するものはなんであろうと利用する、邪魔な奴は誰であろうと蹴落とす、烏合の衆・春雨の実態。その愚かで低俗な様子は誰もが気づき、そして誰もが利用する。それが、この“宇宙海賊・春雨”で生き残る術なのだから。





「こんなオンボロ船に乗り合わせちまったのが運の尽きだったな、お互い……」
「アンタと俺のゆく先が一緒だと? 地球の喧嘩師さん」

 普段と何一つ変わらない様子の二人。処刑執行直前という特殊な状況でなければただの世間話と見紛うほどの、日常とも言える光景。神威が落ち着きすぎているのか、それとも死すらをも戦闘の一つとして楽しんでいるのか。理由は定かではないが、一方の晋助もどことなく楽しげにすら見えてくる。

「さあな。……少なくとも、観光目的じゃねーのは一緒だ」
「観光だよ。……地獄廻りだけど」
「ククッ……、違いねェ」

 会話は、それまでだった。晋助は華麗とも言える居合抜きを見せたかと思うと、神威を拘束していた鉄の錠ごと斬り捨てた。一瞬の出来事。宇宙一の戦闘部族と謳われる夜兎の精鋭、彼らを先導した若き団長・神威の最期にしては、あまりに呆気ないものだ。だがここに、惜しいと思う者など誰もいない。



「せめて、地獄で眠りな。――……オンボロ船の船員どもよ」



 その場にいた誰にも、何が起きたのか到底理解できやしない。

『なっ……、何ィィィィィ!!?』

 勾狼の手駒が高杉に向かっていった。高杉は振り向き、不気味な笑みを浮かべた。神威が立ちあがった。向かっていった勾狼の手駒は、全員倒れた。高杉と神威の手によって。高杉と、神威の。何故、何故神威が生きている!?
 斬られたはずの神威は既に臨戦態勢を整え、晋助と背中合わせに立つ。

「だから言っただろう、あれは呪いの博打だって。どっちが先に死ぬかなんて言ったけど、二人一緒に死ぬつもりかい?」
「どうせ踊るなら、アホとよりとんでもねェアホと踊ったほうが面白ェだろうよ」
「……、やっぱり面白いね。侍って」

 クスクスと笑い声を漏らしながら、神威はかつて見た侍と晋助を重ねる。似ている。本人同士は否定するだろうが、まったく同じものを感じる。先日の会話から、どうやら知り合いどころの関係ではなさそうではあったが。なにか深い因縁のような、それよりもっと確かなものが存在している気がした。
 豚だのアホだの散々言われ続けた挙句、ある程度想定していたとはいえとんでもない掌返しを受けた提督は怒りに肩をわなわなと震わせていた。

『高杉ィィィィィ!! 貴様らは既に用済みの道具!! 宇宙の塵にしてくれるわ!!!』
「……、用済みなのはてめーらだよ。言っただろう、介錯は俺がつとめるって……。この刑場において処刑執行人は、俺ただ一人」

 にやりと口許にいつもの不敵な笑みを浮かべ提督に、いや、春雨に真っ向から挑む。

「ここは、てめーら全員の首斬り台だ」

 晋助が言いきった瞬間、突如左右の扉が破られる。土煙の向こうから姿を現したのは、また子や万斉を先頭に臨戦態勢の鬼兵隊だ。銃を向け、刀を振り、思い思いに鬼兵隊総督の敵を片っ端から薙ぎ払っていく。

「晋助様ァァァ!! 攘夷浪士はやっぱこうっスよね! また子は一生ついていきます!!」
「正気ですか皆さん、春雨相手にこの手勢で勝ち目があると? そんな事より今できる事は大江戸青少年健全……」
「正気などたもっていては、世界を相手に喧嘩など売れんでござる」

 次々に倒れていく春雨の構成員たち。徐々に形勢が怪しくなってくる。完全に意表を突かれた春雨側はまともに動きすら見せずただ血飛沫を上げるにとどまっていた。それを見てさらに勢いづく鬼兵隊。珍しく晋助すらも随分楽しげに刀を握っている。

『おのれ猿どもが!! 貴様ら! これがどうなっても良いと抜かすか!?』

 鬼兵隊の動きが緩慢になり、止まった。彼らの視線の先、提督のすぐ後ろには、四体もの天人に三つ又の槍を突き付けられた椿鬼がいた。それも椿鬼が最も恐れる完全人外の天人だ。最悪の事態になってしまった。こうなるともう、椿鬼は動くことすらままならない。
 始めから暴れていた晋助は、椿鬼の姿を確認すると足を止めた。空気を読まず斬りかかってくる天人の攻撃だけは回避したがそれ以上動こうとはしない。晋助と椿鬼を交互に見比べ、また子たちも銃を下ろさざるを得ない。いつの間にか鬼兵隊は囲まれ、四方から武器を向けられていた。

「チッ……、だから嫌な予感がしたんスよ」
「なんと羨まし……、許し難いことを」
「おい、変態、本音本音」
「やれやれ、いつぞやと同じでござる」

 椿鬼はただただ驚いた。あの晋助が、苦虫を噛み潰したような仏頂面で提督を睨みあげて、でもそれしかできないなんて。いつもの晋助と、違う。
 ……いや、何一つ違わないだろう。驚く理由も必要もない。知っていたはずだ。彼が誰よりも優しくて、誰よりも不器用で、そして、誰よりも愛情を注いでくれていることくらい。今までも、おそらくこれからも。ならば、自分にできることなんて一つしかないんだ。

「さあ貴様の目の前で猿どもを消してやろう。余興として高杉は最後に……」

 提督の眼前には、またも信じ難い光景が広がっている。もう眩暈も起きなかった。誰だ、高杉の飼い犬は天人が苦手などと言っていたのは。天人を見ただけで動けなくなるなどと言っていたのは誰だ。



 四つの血溜まりの中心、返り血塗れで立っているのは、奴の飼い犬?



 飼い犬だと思っていた狂犬は提督なぞに目もくれず、臆することなく高台から飛び降りた。いきり立つ天人の頭を蹴散らし、クッションの代わりにしてようやく地に足をつける。飛びかかるように向かってきた何体もの天人を刀一本で退け、晋助の許へ駆け寄った。刀を持っていない左手で一瞬だけ椿鬼を抱きしめると、晋助は再び戦いに相応しい顔つきに戻る。あの薄ら笑いを貼り付けて。

『な……、なにをしている潰せェェェェ!!!!』

 先ほどと同じような爆撃音が再び響く。そこに立つのは目印の番傘。神威の表情が少なからず綻ぶ。

「心配して必死こいて船手こぎで来てみりゃ、いつも以上にピンピンしてるじゃねーか。すっとこどっこい」

 阿伏兎の不敵な笑みを筆頭に参戦する夜兎の軍勢。春雨側に戦意など起きるはずもない。
 勾狼はすっかり慌てた様子でひたすら走りまわることしかできない。

「第七師団!? 奴ら何故生きて……!!」
「提督ぅぅ大変です!! 第七師団帰還の報を聞き、十二師団の連中が次々と……て、提督ぅぅぅぅぅ!!?」

 一人逃げようとする提督を追いかけ、勾狼もまたその船に乗り込んだ。だが所詮はお飾りにすぎない二人。彼らが船の初期操作でもたついているうちに、春雨は鬼兵隊と第七師団に占拠されていた。そんなことを知る由もない二人はただひたすら逃げることだけを考えていた。

「オイ! アレなんだ!?」
「げっ!! かっ、神威!!」
「神威じゃないですよ、アホ提督。今日から……」

 何もかも部下に任せ続けてきた、互いにお飾りでしかなかった彼らが一騒動しているうちにいつの間にか追いつかれ、そして。

「バカ提督です!」

 元提督の私設戦艦は、素手の神威によって黒煙をあげることとなった。
 存分に暴れたことに少しばかり満足げな神威は、同じくどこか清々しいらしい晋助と向かい合う。このまま戦いの火蓋が切って落とされる、ことはなく晋助は静かに刀を収める。

「デカい借りができちゃったね。……仕方ない、アンタと殺り合うのはしばらく中止にしとくよ。アンタと一緒に地獄廻りも楽しそうだし」
「フン……」
「さて、手始めにどこから行こうか?」

 神威は今にも駆け出しそうな勢いだ。面白い、侍という連中はどうしてこうも面白いのだろうか。高杉晋助といい、彼の“所有物”といい。あの殺気に満ちた瞳。彼を護ることに全力を賭すと言わんばかりの姿勢、そしてその能力。興味が尽きない。この侍たちと共にいることで、きっと更なる面白いことに出会えるはずだ。

「やっぱり、侍の星?」





「随分と大変な思いをしたようでござるな」

 ようやく内紛に片がつき、一気に緊張が解けた椿鬼はいつも通り万斉に背負われていた。背負われるならば晋助より万斉だと勝手に思っている。何故か。本人には口が裂けても言えないが、晋助はあまりに線が細いため不安が拭いきれないのだ。比べて万斉は体格もしっかりしているので幾らでも体を預けることができた。これがどれほど特殊なことかなど、当人以外が内心肝を冷やしているかなど知らない。

「しばし眠るがいい。目覚めれば久々の、江戸でござる」

 うつらうつらとしていたのがバレたようだ。普段は眠らないように努力の一つもするが、今日はどうにも目蓋が重すぎる。彼の言葉に甘えて、少しだけ眠ろう。起きたら、晋助に一言詫びなければ。そして、伝えなければ。ありがとう、と。
 背中にかかる重みが増し、肩に彼女の頭がコツンと乗ったのを確認して、万斉はゆっくりと歩きはじめる。

「万斉先輩! 私たちはとりあえず鬼兵隊の船に」
「ああ、了解でござる」
「にしても毎回本っっ当に人騒がせな奴っスねー。まあ、無事でよかったっス」

 これが無事でなければ晋助の怒りは間違いなく治まらなくなる。それはもう、春雨を殲滅させる程度の騒ぎではないだろう。
 椿鬼が人質となっていたあの時、晋助は完全に動けず仕舞いだった。誰が死のうが殺されようが、相手を潰し、時には寝返らせてきた晋助が一切動けなかった。椿鬼は晋助の“特別”であると同時に、弱点だ。

「江戸についたら鍛え直しっス。もうまた子は鬼になるっス!」
「……むしろ晋助に自覚させねばなるまい。しかし天人相手に剣を振るうようになっただけでも大きな進歩、これは喜ばしいこと。帰ったら芸能界イチオシの甘いものを褒美に」
「アンタが一番甘いっスよォォォ!!!」

 きっとわかっていないはずだ。迷えばいい。晋助にはあれくらいの出来事がなければならない。椿鬼の存在が如何に大きくなっているのか、知らねばならない時がきている。
 知らねばならないのだ。義理だ人情だ、それだけで繋がっているべき日々は、もう終わったのだから。これから先は無知、無関心ではいられない。たとえその先に残酷な運命が待ち受けていようと。
 

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