《とにかく「たるんどる」って言いまくるたるんどる真田弦一郎》
「た、た、たるんどるぅううっ」
ガバリと跳ね起きて、ひとりの男が絶叫した。 風情のある日本家屋を駆け抜ける太い声。冒頭のセリフからも明らかではあるが、朝っぱらから近所迷惑にも程がある大声を出したのは真田弦一郎だ。
普段はワカメ頭の後輩にズビシと言ってやるその雛形も、今朝ばかりはひどく情けがない。 彼は震えていた。
股の間に感じるヒヤリとした感覚に。
その震えがそんな自分に対する怒りなのか、それとも羞恥なのか。それさえももうわからない。 こんな風にさせた原因である夢の内容は、普段は大して思い出せもしないくせにこんな時ばかりパッと鮮明に浮かび上がるからもう本当に救いようがない。
「たるんどる、たるんどる、たるんどる…っ…」
健全な男子中学生であればそれもまた自然の摂理なのであるが、見た目の割に、とりわけ貞操観念に関して純朴な彼にはこんな朝は許せなかった。
悲しき現状の原因である夢の、そのまた原因には心当たりがある。というか、ありすぎる。
それは、つい先日のこと。 青学のナンバー2が立海にやってきた。
偵察にやってきたのか、ならば更に気合を入れねばならん!
息巻いていたというのに、それがどうも幸村が手入れをしている屋上庭園の花壇を見に来たらしいとかでテニスコートは素通りされた。なんということだ。
む、そういえば幸村は今日は部活を休むとか言っていたな。 ………、不二と花なんぞを鑑賞するために部活を休むということか!?キェエエエ!たるんどる!
そんなわけで、ワカメ頭の後輩を筆頭に、その形相、それもう雷霆の如しとか要らないじゃん。な速度、その他諸々にドン引きされているとも知らず屋上庭園目指し階段を駆け上がった。 しかし廊下は絶対に走らない。廊下は走るな!こんな時さえも規律正しい男なのだ。真田弦一郎とは。 後に柳生は語ったという。
本当は階段も走ってはいけないのですが…。
勢いよく屋上の厚い扉を押し開ければ、そこはもうきゃっきゃうふふ、とまではいかないまでも真田にとって到底理解のできない異空間が広がっていた。
「ふふっ、小さくてかわいいね。この花はなんて言うんだい?」
空気が読めないで賞などと、影で不名誉な栄冠を与えられている真田であったが、スカイブルーに散る花と、茶の細い髪に思わず文句と生唾を飲み込んだ。
「あぁ、それはアリッサムだよ。香りも甘い嗅いでご覧。」 「ほんとだ。僕サボテンばっかりで花ってあんまり詳しくないんだ。あれ、真田?」
ふわりと向けられた笑みにその場で倒れそうになった。 強烈に頭の中がふわふわとした。 まさかその柔らかな微笑みの少し奥で、幸村が「邪魔したら殺す」と物騒な念を送っていることに気付かない程度には。
その日は結局、赤面のまま手ぶらでテニスコートへと戻った。 おかげで彼の生命が脅かされることはなかったが、今まさに、彼は死んでしまいたい心地で朝を迎えているのだった。
「たるんどる…」
クソ生意気な甥っ子が、彼の部屋の襖を開ける10秒前のつぶやきだった。
Q.覚えているなかで、いちばん最近見た夢は? A.青学の不二周助があの日のように微笑んでいるだけの夢だ。だというのになぜ俺は…、たるんどる!それよりも佐助くんだ。「おじさんキモイ」とはなんたることか!反抗期か!?たるんどる!!!
さて、何回たるんどるっていったでしょーか。 |
|