財前光ともしもしシリーズ@ のつづき。 《いつもこんなんになってしまうのを自覚してはいる財前光》
「もしもし、俺っす」
今日も同じ切り出しで電話がはじまる。自分でも無愛想だと思う。そうだというのにあの人が返してくれる声はいつだって弾んでいて、連鎖するように俺の胸を弾ませる。
「こんな時間なのに、眠くない?大丈夫?」
必ずと言っていいほど時間から会話をはじめるあの人に、老人っすか。アンタ。と内心思っているのはナイショだ。そもそも自分から話し出そうとしない己が非を自覚してはいるから言えたもんじゃない。そんなちょっとの気くらい回せたなら、と思うがなかなか上手くいかない。
「余裕っすわ。先輩こそ平気なん?」
気遣ったつもりの言葉もどことなく刺々しい。別にこんなん言いたいわけやないのに…。後悔が先に立ったならどんなに便利だろうか。密かに落ち込む俺にあの人は気付いているのだろうか。きっと気付いていないし気付かなくていい。
その日もとりとめのない会話をした。オサムちゃんにこけしキーホルダーを貰ったというはなしをしたら笑ってくれた。「いりませんわ。あんなん」と、あの人が笑ってくれたのが嬉しくてニヤけてしまいそうになるのを押し殺しながら言った。やっぱりぶっきっら棒になってしまった。
時計の針が24時を指す。
「そろそろ、だね。」
変わらないトーンが言った。あの人は向こう側でどんな表情をしているのだろうか。いつも通りに笑っているのだろうか。もしそうだとしたら、俺は傷付くのかもしれない。名残惜しさに唇を噛みながら言った「そうっすね」は今日いちばん冷たかったかもしれない。
情けなさに握りしめた受話器から「じゃあ、」。俺は慌てた。
「待って、」 「ん、なに?」 「今日は、ちゃんと、辞書持って行きはりました、か?」
一瞬の間の後で、「うん」と柔らかい声がした。安堵した俺は、照れ臭くて「じゃ」と急いで終話ボタンを押した。心の中で謝りながら。でも最後のこればかりは仕方がないから許して欲しい。
Q.ためらっていますか? A.ためらってるわ、ドアホ。
5月ぶんですがいまは7月です。長続きしないのはよくない癖。 |
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