Q&A Diary | ナノ
《仁王雅治と跡部景吾が僕を殺した。》


僕を殺したのがなんであったのか。もしも敢えて答えるとするならば、それは仁王だったのかもしれない。

ある時仁王が言ったのだ。月一の贅沢品を僕の口に運びながら。「のぉ、俺らはとんでもなくシアワセモンじゃなぁ?」と。僕は口端に溶けて残ったGODIVAのチョコレートをペロリと舐めて「うん」と言った。

俺らというのは、僕と仁王のふたりのことだろうか?チョコレートを口の中で転がしている僕らのことだろうか?

甘い甘いチョコレートは時間が経つに連れて舌の根っこの方で渋く苦くなっていく。いい加減歯を磨かなくちゃいけない。向かった台所の歯ブラシは、仁王のだけ毛がバサバサに開いていた。そうでなくても不釣り合いだというのに。まとめ買いした揃いの歯ブラシは、安物のくせに毎度マイセンクリスタルの中で威張っているように見えて仕方がない。

まったく。仁王はこういうところが適当でいけない。誰かに言われるまで歯ブラシがもうダメになっているという事実にさえ気が付かないのだ。僕は仁王の八重歯が気に入っているからこんなことでは困る。もっと大切にしてほしいのに。

溜め息を吐いて、ふっと視線を落とすと焦げ付きの多いコンロの隣に百均の小鉢がある。サランラップの上から覗き込んで見ると、中身はどうも半欠けのチョコレートのようだ。小鉢の下にメモ紙があるのを見つけて退かしてみると、「仕方ないからおまんにもくれてやるぜよ」と掠れたマッキーペンで書き付けてあった。

もう一度小鉢を覗き込むと、半分食べられたチョコレートには、確かにあの八重歯が深々とめり込んだ痕がある。

まったくやれやれ。プラゴミの袋に仁王の歯ブラシを放り投げた。


僕を殺したのがなんであったのか。もしももうひとつ思い当たるとすれば、それは景ちゃんだったのかもしれない。

このアパートに住まうようになってから、景ちゃんの眉間の皺はより一層に深まった。それもそうだろう。ここは景ちゃんにとって耐え難いことに溢れている。

そんな景ちゃんを巻き込みながら貧乏ごっこをしている僕らであったけれども、やはりそう完璧とはいかないもので。例えばそう。例のマイセンクリスタルであるとか、ドライヤーをかけるのをサボっているのに妙にサラサラと手触りの良いこの髪を洗うシャンプーだとか。鳴りを潜めつつも、この1Kには確実に贅沢の片鱗があるのを僕は知っている。

中でもそう、いちばん目立つのがこれだ。テレビ、ローテーブルときて、このソファ。ふかふかと心地が良いのにからだの沈み過ぎないこのソファだ。

景ちゃんがこれだけは。と持ち込んだせいで、元より3人分の居住スペースとは言えなかったこの部屋はますます狭くなった。

おかげでシングルの薄っぺらい布団で身を寄せ合って眠る羽目になったわけであるけれども、僕はひとりだけ寝つきの早い仁王が寝てしまってから、景ちゃんがそっと僕の髪を梳いて、それからキスしてくれるのが嬉しかったから文句は言わなかった。

このとき景ちゃんは、眉間の皺などキレイにとれた優しい表情で僕に言う。「仁王にばっかり良い思いはさせてやらねぇ」と。「シュウ、菓子に絆されてんじゃねぇぞ?」とも。そして極めつけにはこう言うのだ。「なぁ、俺たちはシアワセ者だな」と。

それで僕がふふっと笑うと景ちゃんの眉間にはまた皺が寄る。「なんだよ」と不機嫌な景ちゃんが、僕に腕枕したその先で仁王の銀髪を弄っているのを僕は知っている。

まったくやれやれ。どいつもこいつも困ったものだと狸寝入りした。


かくいう僕も思うのだ。僕らは、シアワセものである、と。

そんな僕が目を覚ましたとき。真っ先に飛び込んできたのは虎屋の黒い紙袋であった。
仁王は暗がりの中で頬杖をついてテレビを見ていたし、景ちゃんは発泡酒の缶を舌打ち混じりに睨み付けていた。


Q.真実とは?
A.僕らが不幸になる方法を考えたら死んでみたくなった。結局、生きてるけど。


後日And more...にてあとがきと解説