跡部+仁王×不二 かなり暗めで鬱々としています。ぎりぎり死ネタではありませんがご注意ください。 《好んで貧乏な生活を送るふたりに伴走してしまう跡部景吾》
シアワセだと思っていたのだ。 殊の外、至極、とびきり、最上に。これだけ並べてみてもいまいちしっくりこない程に、もうどうしようもなくシアワセであると思っていたのだ。
狭いアパートメントに帰ると台所、とふたりがそう呼ぶキッチンの明かりと、それからテレビだけがついていた。 そうでなくても薄暗い部屋だというのに。
「おい、居ねぇのか?」
古めかしい磨りガラスの戸の向こう側にふたつ、テレビの明かりにしっかりと人影が浮かび上がっているのを確認してから声を投げた。奥へ。 そう大声を出さなくとも聞こえるのは知っている。なんといっても狭いのだ。この部屋は。
金はある。“腐るほど”という表現をよく聞くが、こっちから積極的に腐らせてやる、例えばそのへんの農家の肥やしとして提供してやってもいいぐらいにはあると言ってもいいだろう。
俺ははやく引っ越そう、もっと明るくて広い部屋に移ろうと何度も言っているのだが、なにがそんなにも後ろ髪引かれるのか。ふたりは「まだいい」とか、「もう少しの間」とか。ともかく口を揃えて余所へ移るのをいやがる。 信用ならない「まだ」とか、「もう少し」とかに流されて、もうこんなカビ臭い空間で早4年と11ヶ月、3週間と6日を過ごしている。
自分で言うのも何ではあるが、俺は育ちが良い。
本当ならば、こんなボロのアパートメントなどは今すぐ出て行きたいところだ。が、そうもいかない。
磨りガラス越しのテレビはぼやけている。しかしそこだけ鮮明な音を聞くところに依れば、まず近所の激安スーパーのCMで間違いないだろう。
俺はあそこのスーパーは好きになれないのだが、ふたりはどうやら気に入っているようでよくそこで買い物をしてきては、片や口端をにんまりさせて笑ったり、また片や仄かに目元を綻ばせて笑ったりするから「好きにしろ」と言う。
からだの向きひとつ変えるのにも苦労するような玄関ポーチまで届いてくる低音の薄い不愉快なCMソングのように安っちい食料品(とりわけ肉は我慢ならない)なんかは吐き出したくなるような味がする。 ずっと前、ペラペラのロース肉を箸で摘まんでアイツにそうこぼしたら、「そりゃあ安いんだから安い味がするに決まってるじゃないか」と笑われた。
「おい、返事ぐらいしろ」
磨りガラスの戸を手荒に開ける。 そうするといつもアイツは頬をぷっくりとさせて「ちょっと、あんまり乱暴しないでよね、壊れちゃうから!」と怒る。正直俺の知ったことではない。 さっさと壊れてしまえば良いし、直せばいい。それがダメなら引っ越せばいい。 ガラス戸の左の端。もうとっくのむかしに楔状欠損しているのに気付いているだろうに。アイツも。 それなのになぜ飽きもせずに文句をつけてくるのか。その了見がわからない。
今日もすっかりそのお怒りの言葉が飛んでくるものと思っていたのだが、どうしたことだろう。 ただガシャン、と戸が荒く鳴っただけであった。そして幾分か間を空けてからひとつめの影だけが俺に言った。
「おかえりんしゃい」
Q.いちばん最近聴いた歌は何ですか? A.近所の激安スーパーのCMソング。今日、シュウが自殺しようとした。命に別状はない。未遂だった。
つづきます。 |
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