《イギリス育ちの跡部景吾がギクッとする》
「せや、跡部 、跡部がむかし居ったのてイギリスやったやろ?」 「あぁ、そうだが。それがどうした」
それは昼間、部活後のロッカールームでの会話だった。 幼馴染のアイツが言うには「ひとりで寝るには広すぎる」らしいベッドに寝転んで、俺は歯切れ悪い気持ちのままでいた。
忍足が振ってきた話題は、なんでもイギリス人は親離れの時期が早い代わりにテディベア依存が強いらしいがそれは本当か?というもので、ただひとこと、
「知らねぇな」
と、返せばそれで済むはずであったのに、俺は無意識のうちに眉間に皺を寄せていて、すっかり奥歯を噛み締めたままで動けなくなってしまった。
はっと自身の失態に気付いた頃にはすでに手遅れであって、もともと忍足と俺のなんてことのない会話だったものは、好奇心に素直な向日によって着替え中だったレギュラー陣全域に散布されてしまった。 唯一、日吉だけが振り返りもせず黙々と手を休めずにいたが、どうやら聞き耳はしっかりと立てているようでチラリと見やった横顔は目元の様子が普段とはすこし違っていた。
俺様のインサイトはどこまでも有能である。 そう心酔しかけたのも束の間だった。とうとう確信に触れようとする輩が現れたのだ。
「跡部もテディベアと一緒に寝てたりしてね。」
侮っていた。まさかここで滝が含み笑いを噛ましてくるとはまったく予想だにしていなかった。 肝心なところで割りと頭のネジの緩いこのレギュラー陣であればどうにか誤魔化しも利くだろうと鷹を括っていたが、思わぬところに伏兵は忍んでいるらしい。
「…俺様に限ってそんなわけねぇだろ」
今の気分と同様に、その反論が歯切れ悪かったのを察したのかこういう都合の悪いときにだけパッチリと目を覚ましている慈郎はすぐさま樺地に駆け寄って、背伸びしながらにんまり耳打ちしたのだった。
「…クソ、そもそも忍足が妙なこと聞いてくるのが悪い」
皺ひとつなくメイキングされていたベッドシーツを蹴りながらそうぼやく。 あの時は心臓が止まるかと思った。幸い樺地が「知りません」とその敏腕っぷりを発揮してくれたおかげで事なきを得たが。
運動量は日頃とそう変わらなかったはずであるのに、ドッと疲れた感じのする腕をヘッドボードへと伸ばす。 手探りせずともすぐに指に触れるふわふわとした手触りのものを掴み寄せて息を吐く。
チョコレートブラウンの毛並をしたテディベア。
思えばアイツと離れ離れのイギリスに経ったあの日から、コイツなしに瞼を下ろした夜はなかったように思える。 また次、忙しい時間の合間を縫ってこのクマのぬいぐるみと同じ髪色をしたアイツに会うまでのほんの気休めだと知りながら、やはり抱きしめずにはいられない。 そして俺は今夜も、こう囁いて1日に幕を引く。
「おやすみ、シュウ」
テディベアがふわりと微笑んだ気がした。有り得ないはなしだとわかっている。 が、どうしても。必ずいつもそうやって見えてしまうのである。
Q.昨晩はひとりで寝ましたか? A.寝た。そういえば景ちゃんは今でも僕がプレゼントしたテディベア大事にしてくれているかな?改めて考えると、テディベアで有名なイギリスに向かう人にテディベアを贈るっておかしなはなしだね。僕の髪色と同じのを選んだんだ。忘れて欲しくなくて。景ちゃんはそんなこと気付いてないかもしれないけど。懐かしいなぁ。
跡部さまが跡部さまらしくない事故 |
|