用をさっさと済ませ(実際、用なんてなかったし)、手を洗ってからトイレを出るとアンデルセンさんが、待ってくれていた。
そして着用していた黒いエプロンのポケットからハンカチを取り出して俺に渡した。

「全く……手をパタパタさせるのはみっともないぜ?これ使えよな!」

「えぇっ…!? でも……」

アンデルセンさんに渡されたのは裾にフリルがついた水色のハンカチで……いかにも女性用に見える。

「遠慮すんなって!」

「で、でもこれって誰か女の人のなんじゃ……」

「女のヒト?」

「………彼女、とか」


そう言うとアンデルセンさんはあはははは!と笑った。静かな図書館に響き、たくさんの人に注目される。
アンデルセンさんが慌てて口元を手で押さえて、すみませんという風にお辞儀をした。
大声で笑う司書って致命的な気がする……。

「えぇっと…それは正真正銘!俺のハンカチだから安心して使ってくれ」

「は、はぁ……」

本人がそう言うのだから……と有り難く使わせて貰うことにした。広げてみるとふわりといい香りがする。柑橘系でさっぱりしているが、少し甘い香りもまじっている。
洗剤や柔軟剤の香りには思えないから、香水か何かだろうか。

そのハンカチで手を拭いてから、ふと気付く。

「ハンカチ、ありがとうございました。あの、これちゃんと洗って返しますから」

「へ? ああ……そのハンカチやるよ」

ハンカチを持つのは紳士の嗜みだぜ!とウインクをされた。
その仕草に再び心臓が跳ねる。


それを隠すようにありがとうございますとハンカチを畳んでズボンのポケットにれるとアンデルセンさんは、うんうんと満足げにしていた。

「あっ、あとさ!そのなんだ?敬語なんて別に使わなくてもいいぜ!」

アンデルセンさんにそう言われてハッとする。俺は学校でもほとんど敬語を使わない。今回も敬語を使っているという意識はなかったのだが、どうやら図書館の雰囲気に呑まれて敬語を使っていたらしい。

「図書館だからってそんな硬くならなくてもいいんだよ、そんなんじゃ疲れるだけだぜ!余計図書館が嫌いになっちゃうぜ!」

「でも……俺、無意識で敬語だったみたいで……どうしようも」

「ふーん……じゃあさ!俺と友達になろうぜ!」

突拍子もない提案に目を丸くする。

「ほら、友達に対して敬語使うのって変だろ?だから友達なら敬語も使わないだろ!」

将を射んと欲っすれば先ず馬を射よ、図書館を好きになるにはまず司書を好きになれってな!とウインクしてくるが、まるで意味がわからない。…が、好きという言葉に過剰に反応してしまう。戸惑って中々言葉を返せない俺に、

「………それとも…俺と友達になるのは嫌か?」

と、しょんぼりした表情を浮かべたので思わず、

「そっ!そんなことない!!」

と答えてしまった。

「よし!なら今日から俺と十代は友達だ!俺はヨハン、ヨハン・アンデルセン!」

「…………ヨハン…さん」

名前を覚えていてくれたこと、呼ばれたことで嬉しいやら恥ずかしいやらでカッと顔が熱くなって中々声が出せなかった。この人といると胸はドキドキするし顔は熱くなるし寿命が縮まるような気がした。


「だから!!ヨハン、でいいんだぜ!」

「あ。つい……」

「じゃあもう一回だ!」

そう言って再び名前を呼ばせようとする。軽く息を吸って今度は落ち着いて声を出した。

「……ヨハン」

「ああ!何だ?十代」

「ううん、何でもないぜ!」

自分の名前を呼んでもらえることに妙に嬉しくなってにやけていると、ヨハンはにっこり笑ってくれた。
覇王に名前を呼ばれてもここまで嬉しくないのに、不思議だな。

「でさ、十代は何の用事で来たんだ?まさか本当にトイレだけ、ってわけじゃないだろ?」

「あ、それは……」

「もしかして、俺に会いに来てくれたとか?」

「へっ!?」

ヨハンに会いに来たわけじゃないけど、探してしまったのは事実なので思わず変な声をあげてしまう。

「……なんちって!冗談だよ!」

「……えっと…DVD、返しに来たんだ」

「そっか!じゃあ返却カウンターで……」

「それと、ヨハンにまた図書館を案内してもらえたらいいな……って」

恥ずかしく思いながらもそう言うと、ヨハンはにかっと笑った後、ぐいっと俺の手を引っ張った。

「…わっ!………ヨ、ヨハン?」

「案内!早速してやるよ!」

ぎゅっと手を引っ張られながら歩いていく。周りから見たら男同士で手を繋いでるようにしか見えないんじゃないか、これ……。けど迷惑じゃなかったようで安心した。






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