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「はぁー…ここにくるの久しぶりだなぁ…」
俺は目前の建物を見上げながら最後に来たのはいつだろうと考えたがここ数年の記憶には存在しなかった。
その建物は図書館であり、半世紀以上前に建てられたらしく何度か壁の塗装や舗装が行われたもの独特の古めかしさを醸しだしている。
所謂街のシンボルであり市の中心にある。
「図書館の雰囲気って苦手だし、とりあえずぱっと行ってぱっと帰ろう」
右を見ても左を見ても本、本、本!活字が苦手な俺はここにいるだけで頭が痛くなりそうだった。
案内板を見て一階の返却カウンターを真っ直ぐ目指した。
「よし!ミッションコンプリート!さっさと帰っておやつにするか!」
返却カウンターに本を返しその場を後にしようとした時、すぐ傍の貸出カウンターにあるパソコンが目についた。
「おっ!パソコン!!」
静かな部屋に俺の声が響いた。
十数年図書館を訪れたことのない十代にとって意外な物であり思いもよらず大きな声が出てしまったことに慌てて口をつぐんだ。
「もしかしてインターネットできるのかな?」
「それは、蔵書を検索するものでインターネットは出来ませんよ」
気になってパソコンに触れようとした時、貸出カウンターの中から声を掛けられビクっと身体を震わせた。
「えっと、君…さっき本を返してたみたいだけど、その様子だと図書館に来るのは始めて?」
「あ、いや…凄く久しぶりで…今日は、その…兄ちゃんに本を返してこいって頼まれて…」
声の主はこの図書館の司書らしく青とも緑とも言えない髪色に翡翠を思わせる緑色の目、端整な顔立ち、そして胸元に留められている名札に目をやれば【アンデルセン】とあった。
「ああ、おつかいだったのか」
“おつかい”という言葉に反論しようと思ったが、帰ったら行く代わりに作ってもらえるエビフライが待っていることを思い出し、頷いた。
「それにしても久しぶりってことは……図書館はあまり好きじゃないのかな」
「えっ、と……すみません」
「あ、いやそういうんじゃなかったんだけど……改善点とかあれば教えて欲しいかな」
「改善点も何も……俺、本が嫌いだからさ」
ハッキリと言ってしまってから、司書の人に言うべきじゃなかったかも、と思う。だが出してしまった言葉は引っ込めることは出来ないのだ。
「本が苦手、ってことは……活字が苦手?」
「……読んでると頭が痛くなってくるんだ」
「それなら……」
キュルリと椅子を回転させながら立ち上がったアンデルセンさんは、棚から一枚の紙を持ってきた。
どうやら図書館のパンフレットらしい、表紙にはこの図書館の写真がレイアウトされている。
ぺらりとそれをカウンターで広げると、ある部分を指差して「君にオススメなのはここかな」と言われた。
指差されたそこを見ると『AVコーナー』と書かれている。AVって……!
「図書館って…………すごいな……」
アンデルセンさんは俺の様子に一瞬きょとんとして、しばらくするとくつくつと笑った。
「そういえばそんな意味もあるよな!……オーディオビジュアルって意味だから、君の思うCDやDVDはないよ」
勘違いさせちゃったみたいだなーと笑いながら言われ、恥ずかしさに顔がカッと熱くなる。
「つ……つまり!そこには何があるんだよ!」
恥ずかしさのあまり怒鳴る様な言い方をしてしまったが、アンデルセンさんはもう一度くすりと笑って、
「そうだなー、映画のDVDや音楽CDがあってそこで鑑賞できるようになってるんだよ。何なら今から行ってみたらどうかな?」
と答えてくれた。
図書館には本か新聞ぐらいしかないと思っていた俺は衝撃を受けた。DVDやCDがあってしかも鑑賞できるだなんて既に俺の知っている図書館ではない。未知へのものに対しての興味といえば大袈裟だが、そのAVコーナーとやらを見てみたいと思った。
「あの、今から行ってみたいんでこのパンフレット貸してくれませんか?」
「うん、いいけど…迷うといけないから俺が案内するよ!」
パンフレット見る限り迷うような気はしないけれど、アンデルセンさんがちょっとここ頼みますと他の司書の人に伝えていたのでお言葉に甘え案内してもらうことにした。
それから5分経った…が、俺とアンデルセンさんはまだAVコーナーに着かずにいた。何だか同じとこをぐるぐる回っている気がする。そもそもAVコーナーは3階らしいが、まだ俺達は1階にいる。これはもしかして…アレか?と思った時前を歩いていたアンデルセンさんがぴたっと止まり、くるっとこっちを向いて
「………ごめん、迷った」
と申し訳なさそうに言った。
やっぱりアレか……この人…相当な方向音痴だ。パンフレットを参考に俺がこっちじゃないですか?と足を進めるとアンデルセンさんは、へへっ!助かるぜと笑い俺の後をついて来る。司書の人に図書館を案内するなんて後にも先にもないだろうな。
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[mokuji]