一瞬何が起きたのか、わからなかった。

男にのしかかられ、身動きが出来なくなる。人はこんなにも重いものなのだ。
何とかして助けを呼ばなくてはいけない、と必死に非常ベルのスイッチに手を伸ばそうとするが届かない。
ちくしょう、と思いながら何か応戦出来るものはないか、と探した。

「……っ!?」

男がひんやりとした手が首筋を撫でている。そしてそのまま舌でなぞり始めたのだ。
そう、こいつの目的は強盗じゃない。俺に屈辱を味合わせることだったんだ。

その芋虫のように這いずり回る舌の、あまりの気持ち悪さに吐き気がした。
俺は思わず肘で力いっぱい男の頭を殴る。バランスを崩した男を見て今のうちに逃げ出そうともがくが、男が重くて、出来ない。
ちくしょうちくしょう!何でもっと筋トレをしてなかったんだろう、だなんて今更考えても仕方ないことを考えてしまう。

「店員がお客を殴っていいと思ってんのか!」

「ふざけんな!!てめぇこそ客なら何してもいいと思ってんじゃねぇ!ヤりたきゃ風俗でも行けよ!」

「言いたい放題言いやがって…!!」

グッ、と勢いよく押し付けられて床に頭を打つ。その衝撃で何が起こったのかわからなかった。ただ耳は確かにガサガサという音を拾っていた。

「これで少しは大人しくなるだろう」

「……っ、なんだこれ」

手を動かすとガサガサとビニール袋の音が鳴った。どうやらビニール袋で縛られているらしい。
そのまま倒れている俺を起こして、そして局部を露出させ始めた。うわっ、気持ちわり……。
あからさまに嫌な顔をした俺に気分を更に悪くした男は「慰謝料分しっかり払えよ!」と言いながら性器を俺の口に突っ込んだ。

「ん゛んっ……!!?」

頭を押さえつけられて、くるしい。嫌な味が口いっぱいに入りこんできて吐き気がする。

そんな俺にお構いなしに男は俺の口を犯し始めた。唾液も飲み込めず、だらだらと口の端から垂らしている俺の、どこがいいのか。男はニヤニヤしながら腰を振り、俺の口で快感を得ている。

「おらっ、もっと舌使えよ!」

「ん゛ぐっ…!んっ……」

吐き出したい。押さえつけられて出来ない。汚い。気持ち悪い。嫌だ。


誰か、たすけて、




その時、来店を知らせるチャイムが鳴った。これで助かる!と思ったが、その客はこの状況に気づくとそそくさと出ていってしまった。
人間というものは、とことん面倒とは関わりを持ちたくない生き物なんだと痛感せざるを得なかった。絶望感に包まれている俺に

「残念だったなぁ、まぁ人間なんてそんなもんだ」

と男は一層ニヤつきながら言い放った。こいつはわかっていたんだ。人がきてもこうなることを……。
絶望しきった俺を見て気分を良くしたのか腰の動きを速めた。
そして再び来客を知らせるチャイムが鳴ったが腰を動かし続けた。どうせ先程と同じことになるだろう。しかし、

「何しているんですか?」

と、カウンター越しに声が聞こえた。この声は聞き覚えがある。ヨハンさんだ。

「あぁん?この店員が悪いことしたからお仕置きしてんだよ」

「ふぅん、そうなんですか…」

ヨハンさんなら助けてくれる。そんな気がしてヨハンさんの方に目をやるとヨハンさんは………


笑っていた。

「よかったら俺も交ぜてくれませんかね?上司に色々文句言われ溜まってるんですよ」

そういうとヨハンさんはヒラリとカウンターを飛び越えてきた。

「な、何勝手に……」

「穴は二つあるのだし…後ろを頂いても問題ないでしょう」

「……ちっ、なら俺が穴の方にぶち込むからお前は前で我慢しろ」

「そうですか、なら前をいただきますね」

二人の会話をきいているうちに俺の目からポロポロと涙が溢れてきた。ヨハンさんがこんな人なんて……。

四つん這いにされヨハンさんが俺の前に立ったと思うとぐいっと腕を引っ張られヨハンさんに抱きしめられる形になった。

「なっ……お前」

「興奮されていたようなので逆上でもして店員さんを傷つけられたら大変なので一芝居打たせてもらいました。」

中々の演技力でしょう?とヨハンさんはにこやかに言った。


そんな風に笑うヨハンさんに男はもちろん腹を立てた。

「ふざけんじゃねぇ!!」

「ふざけてるのはあなたの方でしょう。これは立派な犯罪ですよ」

「ああ?その店員が悪いんだよ!それに男なら孕まねぇだろ」

「男だろうが何だろうが、暴力は犯罪ですよ。そしてその醜い局部の露出で公然わいせつ罪、店員さんに対しての強制わいせつ罪、あなたの刑はどれぐらいになるんでしょうね?」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!」

男のグッ、と強く握られた拳がヨハンさん目掛けて飛ぶ。ヨハンさんはそれを見てすっ、と構えるとそのまま左手で男を引っ張った。バランスを崩した男の左足をヨハンさんの足が蹴る。どしん!という音と共に男が床に倒れた。

スローモーションで見ているみたいに感じたそれは、俺が勝手にそう感じただけで、きっと早かったに違いない。

「内股、一本っ!」

今のは柔道の技だったらしい。外国人なのに。今のうちに、と縛られていた手を解放してもらう。
男は痛みにしばらく呻いていたようだが、痛みがひいてくると一目散に逃げ出した。

「あっ!ちょっと待て!!ちゃんと警察に…っ…!?」

追いかけようとするヨハンさんのスーツの裾を、俺は掴んでいた。それに気付いてヨハンさんは俺を見る。
あの男は悪いやつで、警察に突き出さなきゃいけない。その為には捕まえなきゃいけない。だから、ヨハンさんがとった行動は正しくて。
正しいって分かっているのに俺はヨハンさんを行かせたくなかった。ここに、1人でいたくなかったから。

「あ、の……」

「大丈夫。俺も一緒にいるよ」

だから、泣かないでくれよな。

そう言って俺の頬をそっと撫でた。何をされてるのかわからなかったが一拍置いて、涙を拭ってもらえたのだと理解する。






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