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そのままヨハン似の人は角を曲がると五階建てのマンションへと入っていく。
びしょ濡れのままの俺はマンション内で確かに視線を感じた。マンションを汚してしまっているのだし、仕方ない。
階段でマンションの最上階へと行くと廊下の真ん中あたりの部屋の前でヨハン似の人が立ち止まる。
表札には『アンデルセン』と書かれており、やはりこの人はヨハンの兄弟か何かなのだと思った。……友達じゃなくなった俺には関係ないことだけど。
ポケットから出した鍵でガチャガチャと扉を開けると、ヨハン似さんはバタバタと家の中に入っていってしまう。バタン!と扉が閉まった。
俺はどうしたらいいんだ……。
しばらく待っていると、再び扉が開く。
「何してるの?ほら、早く入りなよ」
「お……お邪魔します…!」
「はいはい、こっち来て」
その上を歩いてね、と言われて歩かされたのは新聞紙の上だった。どうやら汚れないように敷いたらしい。少し待たされたのはこれを敷く為だったんだろうな。
そしてそのまま通されたのは浴室だった。
え?と思っていると
「さっさとシャワー浴びて。着替えは用意しておくから」
そう言って出て行こうとするその人のことを慌てて呼び止めようとしたが、先程までのやり取りを思い出してここは素直にシャワーを浴びることにした。
ぐしょぐしょになった服を脱ぎ、浴室で熱めのシャワーを浴びる。体が冷えきっていたので気持ち良かった。
浴室を出て、洗面所を見ると新品の下着とスウェットスーツが置かれていた。これを着ろということらしい。
大きめで少しぶかぶかするが、有り難く着させてもらって浴室を出た。浴室から出るとヨハン似の人がこっちと言って部屋から顔を出し手招きをする。呼ばれたままにその部屋に入るとそこはリビングだった。
「適当に座ってて」
そう言いヨハン似の人はカーテンで仕切られたキッチンらしき場所に入っていったので俺はソファーの隅にちょこんと座った。
綺麗に片付いているなぁと部屋を見渡しているとヨハン似の人がカップを二つ持って戻ってきた。
「はい、コーヒー」
「ありがとうございます…あっ……と……その」
「あぁ…まだ名前言ってなかったね…僕はユベル、君は?」
「俺は遊城十代です。ユベルさん、本当に何から何までありがとうございました」
どういたしましてと微笑むユベルさんは何だか艶っぽい。ヨハンが笑うとこどもっぽく見えるのにこの違いは何だろう。
そんなことを思っている内に電話の音が響き我に返った。ユベルさんは、はいはいとめんどくさそうに電話を取りに行った。
だが、電話を取るとユベルさんの顔色が変わっていった。そしてすぐ行きますと言い電話を切った。
「どうか…したんですか?」
「ヨハンがっ……ヨハンが……事故にあった…って……」
「えっ!?」
「どうして!!まだ…仕事の時間なのに!!どうして事故にあってるの!?」
頭を掻き乱し叫ぶように俺に問う。
「あ……えっ…」
「…ごめん…君に聞いても仕方ないよね…取り乱してごめんね、とにかく僕は病院に行ってくるから!」
そういいバタバタと準備し家を出ていってしまった。
取り残された俺は部屋の中で呆然と立ち尽くす。
ヨハンが、事故にあったって……?
さっき会った時は元気だったはずだ。何で事故なんか……と考えて嫌な考えが頭をよぎる。
「まさか……」
俺を、追いかけて……?
その途端に目頭が熱くなり、鼻の奥がツンとし始める。
俺のせいでヨハンが事故に遭ったなら。もしそうならば俺はとんでもないことをしてしまったのだ。
「どうしよう……どうしようどうしよう…」
もし、ヨハンが死んでしまったりしたら。
俺が、ヨハンを殺してしまったようなものじゃないか。そう思うとぶるぶる手が震えた。息も苦しい。
リビングの棚の上に置いてある写真立てが目に入った。白い枠の、シンプルな写真立てだ。
そこには眩しいぐらいの笑顔をこちらに向けるヨハンと、目を細め、僅かに口元をあげるユベルさんが写っていた。
先程の取り乱したユベルさんとは比べ物にならないぐらい、優しい顔をしている。……それはきっと、ヨハンがいるから、で。
その笑顔を俺は奪ってしまったのかもしれない。
ピピピピ、と携帯が鳴った。ドキンと心臓が跳ねる。
それはもちろん俺の携帯からで、震える手で通話ボタンを押した。
「もしもし…」
「十代!?今どこにいるんだ、十代!」
「は、おう……?」
「ああ、俺だ」
「はお…っ!どうしようどうしようヨハ…っ!ヨハンが!!」
「わかってる、落ち着け十代」
「どうしよ覇王…!ひっく……俺の……俺のせいで……」
「お前のせいじゃない。ただの事故だ」
覇王の声を聞いて俺はみっともなくぐずぐずと泣いた。覇王は泣く俺が落ち着くように宥めてくれるが、どうしても止められなかった。
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