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「そっか、いやその…折角図書館に足を運んでくれるようになったのに俺のせいでまた嫌いになったら…嫌だからさ」
ヨハンは、どこかほっとした様子で言った。一方俺はその言葉にグワッと何かが押し寄せてきた。
「…………そっか、そうだよな…ただヨハンは俺に図書館を好きになってもらいたいだけだよな…」
押し寄せてきたものが言葉になり流れ出してきた。
「友達になるっていったのも…元はそのためで……ただの仕事の一環なんだよな」
流れ出してきたものは止まらない…止めることができない。
「…ちょっとでもヨハンと友達になれて………嬉しいと思った…俺がバカだったよ!!お前にとって俺は…やっぱりただの図書館の利用者なんだよな!!」
「ちがっ…」
「違わない!!」
俺の声に周りにいた人が振り向いたが周りを気にする余裕などない。
「……もうここには来ない、じゃあな!仕事熱心な司書さん!」
言葉を全て吐き捨て図書館から走り出した。
雨の中、傘もささずにがむしゃらに走り続けているとドンッと何かにぶつかり尻餅をついてしまった。
「いてて…」
「いたた…」
どうやらぶつかったのは人だったらしい。ごめんなさいと謝ろうと顔をあげた瞬間、俺は目を疑った。
「…………ヨハン!?」
「ぶつかっといていきなり随分不躾だね」
その人物はヨハンと瓜二つだった。違うといえば瞳の色だけでありヨハンは緑色の瞳に対しその人物は橙色の瞳であった。
その瞳の色からヨハンとは別人だということが分かるが、あまりのそっくり具合に俺はまじまじとその人の顔を見つめてしまう。
「そんなにジロジロ人の顔を見ないでもらえるかい」
「あっ…!ご、ごめんなさい……」
そう言って尻餅をついたままの俺にその人が右手を差し出してきたので、有り難く手を借りて立ち上がる。
立ち上がるとその人はそっと持っている黒のチェック柄の傘に一緒に入れてくれた。
そして俺のことをつま先から頭まで、まるで品定めするかのように見る。
「えっと、ありがとうございます……俺、その、よく見てなくて…ぶつかっちゃってすみません」
「ねぇ、そんなことよりこれ。どうしてくれるのかなァ?」
そう言ってそのヨハンにそっくりの人が指差したシャツのそこには思いっきり泥が付いていた。
どうやら俺とぶつかった時に掛けてしまったようだ。
「すみません……!弁償します…!」
「じゃあシャツの代金3万円。払ってくれる?」
「3万……!?」
どうしよう…そんな大金払えない…。覇王には迷惑かけたくないし……。
黙りこんだ俺にヨハンそっくりの人が眉を寄せた。
「……払えないのかい?」
「………ごめんなさい」
どうしようもないのだ。謝って何とか許してもらうしかない。
その人が手をあげたのを見て、俺は殴られるかと思って身構えた。ぎゅっと目を閉じてるとぽん、と頭の上に手をのせられて驚く。
「この僕が君みたいな子どもに払わせるわけないでしょ?」
「……え」
「弁償出来ないんだったら最初からそういうことは言わないことだね」
「はい……」
「それと……ヨハンのことを知ってるみたいだけど、君は“僕のヨハン”の何なの?」
にっこりと笑顔で、橙色の瞳をギラリとさせながら聞いてくるその人には確かな威圧感があった。「ただの……知り合いです…図書館で貸出の手続きしてもらっただけです」
「ふーん……でさ、何で名前を知っているの?」
より一層、瞳がギラリと光る。ビクリと身体が固まってしまったが嘘ではない、既に友達ではないのだから。しかしそのいきさつを説明をするのは難しい。
「あ……あっ…その…っ…ジムって人が呼んでて……」
「ふーん……ジムか…まだあいつ僕のヨハンに付き纏ってたのか…しつこいねぇ」
なんだかこの人は怖い。ヨハンと同じ顔なのに雰囲気が全然違う。とりあえずいつまでも傘に入れてもらっているのは悪い。
「あっ…その…本当にすみませんでした…俺もう行きます!」
ぺこりと一礼し駆け出そうとした瞬間がしりと腕を掴まれビクリとする。
「そんな汚い格好でどこいくの?道歩いて恥ずかしくないの?」
「えっ…俺は気にしませんけど」
「僕が許せないの!僕のうちすぐそこだからせめて拭いていきなよ」
強い力でズルズルと引っ張られる。振り払うのもかえって失礼な気がしたので大人しく従うことにした。
「…風邪引いたら大変だからね」
「えっ…?」
「なんでもないよ、ほら!そこの角曲がったら僕の家だから!」
ぼそりと呟いた言葉…それが聞き間違いでなければこの人は優しい人なんだなと思うとくすりと笑ってしまった。
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