ぐじゅぐじゅとした肌にドライアイスをあてる。ひんやりとした冷気は十代が十代である為に必要不可欠なものだ。

「覇王ー、ドライアイスもう無いぜー?」
「もうか?上の冷凍室は」
「上か……あったー!サンキュー、覇王」

冷凍室から取り出した大量のドライアイスを脇に抱えてノロノロと歩く。べちゃべちゃと体液が床を汚すがいつものことだ、と気にせずに十代は外に出た。
出た途端、太陽に晒されて十代は「ウッ」と声をあげる。
夏である今は十代にとって辛い季節だ。

「ダメだー!腐っちまう……」
「何だ、外に出たかったのか?」
「久しぶりに土に潜りたかったんだけど……暑くて無理だったぜ」
「夏だからな……今は我慢しろ。それと……みっともないぞ、それ」
「あ?…あー……目がとれかかってんのか…」

十代はぷらぷらと辛うじてぶら下がっている左目をぶちりと取り外した。ぐちゅっ、と僅かに潰れる音がするが、気にせずにポケットへとしまう。
冷房の効いた室内でも洋服がどろどろと溶けてきていて十代は先程外に出たことを後悔していた。ぽっかりと空いた穴には蝿が止まり、十代は鬱陶しそうにそれを手で払う。

「はぁ……カイザーのところでも行ってこようかな。またホルマリン打ってもらいたいぜ」
「そうだな……俺もそろそろ薬を貰いたい」
「いいなー。俺も覇王みたいにキョンシーになりたかったぜ。ゾンビなんてろくなもんじゃないし」
「そう言うな……みなそれぞれ身体に悩みを抱えているものだぞ」
「……わかってる、よ」

ずるりとずり落ちそうになる腕を右手で押さえながら十代は呟く。わかっているのだ、自分はゾンビで人間にはなれないことも。キョンシーの覇王も薬を飲んで人間に何とか擬態しているのだということも。
全部、わかっているのだ。


覇王が呼びつけたタクシーに乗り込んで病院へと向かう。このタクシーの運転手も怪物で、怪物達の御用達タクシーとなっている。十代たちも常連でよく知っている為に冷房のよく効いた状態で走ってくれたり、腐敗が進まないようにドライアイスを渡してくれるのだ。窓には外から見えないように特殊な加工をされたものを使っているし、怪物である十代たちには非常に有難い。

そんな快適な状態で着いたのは個人病院で、看板にはでかでかと『丸藤医院』と書かれている。この病院の院長もフランケンシュタインなので怪物御用達の病院だ。

「では覇王様、終わりましたら電話でお申し付けください」
「いや、お前も忙しいだろう。帰りは大丈夫だ。バオウ」
「しかし腐敗が進むのは厄介でしょう?」
「だが……十代、先に行ってろ」
「わかったー。覇王の診察券も出しとくなー」

運転手と何やら話し合っている覇王の促しで十代は先に病院へと入る。診察券を受付に出して、しばらく待っていると覇王がやってきた。どうやら話し合いは終わったらしい。
そしてタイミングよく呼ばれて診察室へと入った。診察室は怪物への配慮なのか遮光カーテンが使われ、少し薄暗い。十代は入るなり隅にあるゾンビ用の土へと飛び込んだ。久しぶりに入った土はひんやりと冷たくて十代はホッとする。

「あ〜…やっぱり土が一番落ち着くぜ……」
「最近は外は暑くてなかなか土に入れないだろうな」
「あ、カイザーやっほー。そうなんだよ〜…さっきちょっと出たら腐ってきちゃってさ」
「ドライアイスは?」
「使ったけど全然駄目。太陽に殺されるかと思ったぜ。もう死んでるけど」
「そうか……しばらくそこで休んでいろ。先に覇王を診る」
「んー、了解」

キリキリと頭のネジを回したカイザーこと、丸藤亮は診察椅子に座った覇王に防腐剤を打ったり、処方する薬の相談をしている。十代はそんな二人を土から顔を出しつつぼんやりと見ていた。だが足音が聞こえて慌てて土に潜る。
コンコン、とノックがされると亮は覇王にアイコンタクトをとり了承された後に返事をした。

「どうぞ」
「やあ!やあ!診察中に悪いな、亮」
「ヨハンか。構わない、ちょうど防腐剤を打っていたところだ。新しいのを貰えるか」
「ああ!……そっちの君は…キョンシー?」
「そうだが……」
「スゲー!カッコイイー!!俺、キョンシーって初めて見た!!」
「丸藤……こいつは何だ」
「ヨハン・アンデルセン。薬剤師でいつも薬を届けてもらっているんだ。人間だが俺たちみたいな者にも理解があるから安心していい」
「そういうわけでよろしくな!えぇと……」
「覇王だ。そっちはゾンビの十代だ」
「ゾンビ?」

キョロキョロと辺りを見回すヨハンに覇王が隅の土を指差す。そこを見ても十代はいない。

「いないぜ?」

ヨハンが覇王の方を向くと土の中から十代がひょっこり顔を覗かせるが、再び土の方を向くと土の中に素早く潜ってしまう。それを数度繰り返して、覇王は溜め息を吐いた。

「すまない。どうやら緊張しているようだ。人間と会う機会が少なくて慣れていないからな……」
「そうなのか……俺はヨハンって言うんだ!よろしくな、十代ー!」

ヨハンが土に向かって叫ぶが返事は無い。しかし満足したらしく、ヨハンは薬の入ったスーツケースを持つと仕事へと戻っていった。
静かになった診察室に、十代はひょっこり顔を覗かせる。

「……もう、行った?」
「ああ、大丈夫だぞ」

そう言うとホッとしたように息を吐いた十代はずりずりと身体を引きずりながら椅子へと座る。べちゃり、と十代が座った椅子がぼろぼろに朽ちていくがいつものことなので気にしない。
そんな十代に亮が手早く殺虫や殺菌をして防腐剤を打ち込む。取れかけの腕や取れてしまった腕も丁寧に接着してホルマリンを打ってくれる。こうしていくと、どんどん人間に近づいていく。
そしてしっかり接着し終えたその頃には、十代は1つの答えに辿り着いていた。


「俺……好きかもしれない」
「何をだ?」
「さっきの……ヨハンって人」
「ヨハンは明るくていいやつだからな……今度遊びに来る時はヨハンも誘っておこう」
「そ、それはしなくていい!」

慌てて否定する十代に亮は首を傾げる。

「何故だ?仲良くなりたいんじゃないのか?」
「………こんな汚い自分、見られたいわけないだろ」

その発言を聞いて覇王がピクリと反応した。そして十代の肩をがしりと掴むとその茶色の瞳を覗き込む。

「十代、お前はゾンビだ」
「……うん」
「俺の言ってることが分かるか?」
「うん、わかってる……わかってるよ覇王…」

わかっている、と十代は頭の中でも呟いた。
覇王が言いたいことは十代は化物で相手は人間だということ。人間の中には十代たちを消そうとする奴がいるということ。十代とヨハンは違いすぎるということ。その上で深入りしすぎるなと忠告を出しているのだ。

頭の中をその事実がぐるぐると廻るがそれ以上に胸の痛みが十代を苦しめた。

「でも、俺……もっとあの人のことを知ってみたいし、一緒にいたい」
「十代っ!」
「俺はいいと思うぞ」
「丸藤、余計なことを言うな!」
「まぁ、落ち着け。……十代、先程ヨハンのことを好きかもしれないと言ったな。どうしてそう思った?」
「それは……」

もじもじと膝に指で八の字を書きながら十代は話し始める。声が心地良いこと。土から覗いた笑顔が眩しかったこと。優しく声をかけてくれたのが嬉しかったということ。顔を見ていると動かないはずの心臓が跳ねるということ。
そう照れくさそうに、熱っぽく話す十代を見て亮と覇王は思わず呟く。

「完全に重症、だな……」
「しかも俺には治せそうにない病気だ」

ぼんやりとする十代はヨハンのことを思い浮かべているのだろう。人間とゾンビ、そして男同士というのに恋、というのはどうかと思うがその言葉が今の十代にはぴったりだった。

「……十代、明日ヨハンと一緒に遊びにでも行ってこい」
「え……な、何言ってるんだよカイザー!」
「そんな状態のままじゃ落ち着かないだろう。一度友達として遊んでみたらどうだ?」
「でも、俺はゾンビだから……」
「なら人間として会えばいい」
「へ?」

注射器を手にした亮は先程ヨハンが持ってきた小瓶を持ち上げる。その瓶のラベルには十代には読めない外国語が書かれている。

「この瓶の液体を注射すればお前をしばらくの時間、人間にすることが出来る」
「えっ……!」
「但し、副作用が強い。それに耐える覚悟はあるか?」

瓶の中の透明の液体がゆらりと揺れる。
十代はその様子を見つめた後、ゆっくりと頷いた。









◇◆◇◆◇◆◇◆◇


翌朝、十代は丸藤医院へと来ていた。もちろんそこには覇王も一緒だ。再び腐敗し始めている十代をドライアイスで冷やしながら亮はテキパキと防腐剤を打ち、殺菌をしていく。
そうして巨大な注射器を出すと昨日見た瓶から液体を入れる。それをゆっくりと十代に注入していく。その本数は五本。一瓶使い切ったらしく、空き瓶は箱にしまわれた。

そしてパタパタと何か粉っぽいものを十代にはたきかけたりすると亮は十代に鏡を渡す。どうやら完成したらしい。
十代は恐るおそる鏡を覗き込むと目を丸くさせた。

そこには人間とほとんど変わらない姿の十代がいたのだ。
ぼろぼろになり、酷い時には肉が丸出しの状態だった肌は健康的な色になっていて、いつもとれかけていた目玉はしっかりとあるべき場所に収まっている。色の悪かった唇も薄く桃色が付いていて十代は本当に、自分が人間になったような錯覚に陥る。

「すげぇ……」
「なかなか苦労したぞ……さて、十代注意事項を言うからよく聞け」
「うん」
「まず、その薬の効きは長くて六時間……いや、夏ならもっと早いな…四時間だ。ゾンビの姿を見せたくなければ……夕方までには戻って来い」
「夕方だな、わかった」
「そして崩れた時にはこれで応急処置をしろ」
「何だこれ……ファンデーション?」
「それを使って隠せ。俺がさっきやったみたいにな」

そして吹雪に教わるのはなかなか大変だったんだぞ、とぶつぶつ亮が呟く。吹雪、というのは亮の親友のインキュバスだ。美形だがとにかくテンションが高くて騒がしいので亮が教わるのは色々と心労が絶えなかったのだろう。亮が振り回されているのを簡単に想像出来て十代はクスクスと笑った。

「ちゃんと聞いているのか、十代」
「あ、うん。夕方までに戻って、顔が崩れた時はこの道具で直すんだよな」
「そうだ。駅前にヨハンを待たせているから行ってこい」
「おう!……覇王、カイザー、行ってきます!!」
「行ってらっしゃい」
「気をつけろよ、十代」

パタパタと嬉しそうに十代が走って行くのを見て覇王が不安げに息を吐いた。

そんなことは知らずに十代は飛び跳ねるように駅に向かって走っている。
いつもならこんなことをすると身体はぼたぼたと落ちてぐちゃぐちゃになってしまうので、引きずりながら歩くことになるのだ。しかし今はほとんど人間と変わりない状態。

「すげぇ…!こんなに体が軽いなんて初めてだ……!」

十代は嬉しそうに駅前へと向かう。駅にある銀色の時計の前には青色の髪をしたヨハンが立っていて十代は心臓が跳ねたのを感じた。

自分のことを待っていてくれるのが嬉しい。

十代はそわそわする胸を落ち着かせる為に深呼吸をしてから、ヨハンに向かって歩いていく。
こちらに気付いたのか、ヨハンは軽く手をあげる。それを見て十代は思わずヨハンに向かって駆け出していた。
















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