それは井上宅にて起きた。

「これは何だ」

白い指の先が指し示す方向に織姫が目を向けると、それはね、と軽く含み笑いをした。待っていましたと言わんばかりの顔はこれまで見たことのないようないたずらっ子のような笑みだったので、ウルキオラはまじまじとその顔を穴が空いてしまうくらい拝んでしまった。どうやらそんな表情も存外悪くない、寧ろ好ましいと思っているようだが本人はそれに気付いてはいない。

「ウルキオラさんへのプレゼントですよ!」

ウルキオラは尚もニコニコと笑う織姫の顔に少々奇っ怪なモノを見るような視線をチラリと送ると、再び自分が問うたその物体を見つめた。意味深げにテーブルに置かれた代物、名称はプレゼントらしいがウルキオラはピンとは来なかったようだ。

「何故俺に?」

「いつもお世話になってますから、そのお礼にです」

ウルキオラはとりあえずプレゼントをよく観察してみた。不恰好、最初に出た言葉はその歪な形に対してのもので一目で手作りなのだと分かる。その次に黄色とピンクのボーダー柄に眉を僅かばかりにしかめた。ウルキオラにとってこの二色は眼にうるさい色のようだ。大きさは丁度ティッシュ箱半分程の正方形、それを誤って尻に轢いてしまった!そんな感じだ。そしてプレゼントということでご丁寧にネイビー色のリボンという配色ミスですか?な、何ともちぐはぐな色合いのものだった。

「・・・」

「どうしました?」

硬直したウルキオラに不思議そうに見つめていた織姫が尋ねると、どういうわけか指先でプレゼントと言われた物体を何やら確認するように軽い力で押した。

「女、これがプレゼントだとお前は言うのか」

「え?はい・・・」

神妙、その一言に尽きる表情だとその時織姫は思った。何か思うことでもあるように手を顎に添えて暫し考え込むような体制のまま動きを止める。織姫も何なのだろうとウルキオラの動向を見守っていた。

「妙な気配がこの中からするぞ」

「え?」

またもや神妙な表情を張り付けた顔は厄介なものを見るように目を静かに細めそう口にした。その不穏な言葉に織姫の顔から一瞬にして笑みが消える。

「妙な匂いがこの中からするぞ」

「えぇ!?」

気配の次は匂い、確かに匂いがするものを入れたのだが聞き間違いではない限り妙なものではないはずなので織姫はただただウルキオラの言葉に頭を傾げるだけだった。それと同時にもしかしたらプレゼントを受け取り方をウルキオラさんは知らないのかもしれない、と検討違いもいいところな発想を頭の中で展開させた。天然ゆえ、である。

「ウルキオラさん、こういう場合はありがとうって言った後にニコッですよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ボソッ」

これはありがとう、と感謝の言葉を口にしなければならないような代物なのだろうか、得体の知れないプレゼントを尻目にウルキオラはニコッの部分は綺麗に無視するととりあえず織姫の言われた通りに礼を小さくか細く述べた。もちろん初めて口にする類いの言葉なので棒読みだったのだが織姫は見事に聞き取っていた。笑みを深くすると開けてみてくださいとウルキオラに開封を促す。

「・・・」

開けた。

「どうですか?チョコプレートなんですけど実はもう1つあ」

閉じた。

「え!!!今なんで閉じたんですか!?」

これはこの女のおふざけなのだろうか?ウルキオラは図りかねる現状に努めて冷静に対処しようと心がける。

「これは何だ」

「何って・・・プレゼントですけど」

「中身のこれは何だ」

「手作りの料理です、一応」

これが料理だと!?努めて、努めて冷静になろうとしたのだがやはり心中は驚愕の嵐である。まず色が妙だとウルキオラは思った。紫色をベースに混じった緑色の線が何やらゴチャゴチャと入り乱れていた。時間をかけてようやくそれがれっきとした文字なのだと理解したまではよかったが、何かを伝えようとしていることがさっぱり伝わらない、申し訳ないが時間をかけようとも謎を深めてしまうことになりそうだったのでウルキオラはそこは見ないふりで通そうとした。しかし本音はグリムジョー風に言うなら胸糞わりぃ、である。そんな色みの料理など見たこともましてや聞いたこともない、少なくとも一般的に知られているような代物では決して無いのは明白である。勿論ウルキオラは虚圏でさえこんなものは目にしたことはない、しかも気泡が見事なまでに得体のしれなさをこれでもかというくらいに心憎い演出をしていた。形はというと最初は星形をイメージしているのだとウルキオラは思った。

「(否、ヒトデ・・・か?)」

だがしかしよく見てみるとぼんやりとだが完成前はそれがハートだったのでは?と思わせる名残りが至るところに存在していた。これが理想の完成像なのだとしたならばもう何も言えないのだが、そこかしこに井上織姫が焦って形を修正しようとした鮮やかな指紋と思われる痕跡が所々に微妙なデザインとして残っているのだ。これはもはや完成品などではない。

粗悪品だ。

とにかくそこら辺は置いておくとして今は問いただしたい注目点はというと匂いだ。

「・・・これは」

表現に困る、言葉に躊躇するそんな匂いだが確かに言える事は食欲をそそられるような香しいものでもなく、どちらかというと何故だか無性に苛立ちが腹を異様に熱くさせるだとか、或いは意味もなく誰でもいいから背中を思いきり蹴り倒したい衝動にかられるそんな匂いだった。ちなみにウルキオラが意味もなく蹴り倒したい相手を1人選ぶなら迷いもなくグリムジョーなのだが生憎その対象者が不在、そのためウルキオラはもやついた胸を自らの力で消化しなければならない、グリムジョーがいないことが非常に悔やまれる思いだった。

「あっそれだけで完成形じゃないんですよ♪」

不吉、その言葉が静けさの中、響き渡る。

「これで〜す」

全く一緒のデザインの箱が現れた。面倒だったのか金銭面の問題かは分からないが驚く程に一緒だ。まあ流石に中身はこれとは違うだろう、ウルキオラはそう思いながら不吉な予感と人知れず戦っていた。

「あたしが開けちゃいますね?」

「あぁ」

パカッ・・・

「・・・」

ただただ絶句、白いホイップクリームがケーキ全体を包みあげスポンジ部分は全く見えない、それだけならばシフォンケーキなのだがそこに黒い色が視界を妨げた。チョコレート独特の色ではなく正真正銘の真っ黒、暗黒、ブラックホールがそこにあった。

よく見れば海苔である。

気を使ったのか分からないがそれが味付け海苔であるのだが当然ウルキオラはそれを知るよしもない。それが前衛的なまでの形となって、正面から見て上部の部分にくっ付けていた。どうやら誰かの髪の毛を演出しているつもりらしく、重たげなその色はこちらの気分も一瞬にして闇一色に染め上げてしまいそうである。唇には紅しょうが・・・と、明太子。

「(何故分けた)」

ウルキオラは至極当然の疑問を心の中で織姫に投げ掛けた。普通ならば一品で揃えてしまうのが見た目に的に言えば良いはずなのだが、このド天然少女はそれをよしとしなかったのだ。恐らくどちらにしようか相当悩んだのだろう、悩み抜いてその末の上唇に紅しょうが、下唇に明太子という選択に落ち着いてしまったのだ。その上、明太子を下唇に配置した為かどうも顎が目立つ、しゃくれているように見えてしまいそれには流石のウルキオラも不快感が生じた。とにもかくにも滑稽である。

「ビックリしました?ちょっと苦労しちゃいましたけどウルキオラさんの顔で・・・」

開けた途端黙ったまま硬直しているウルキオラの尋常じゃない顔付きに(織姫にはそう見える)説明しながら何だろうとプレゼントの中身を覗き込んだ瞬間・・・

「ヒィッ!」

作った本人が何故悲鳴をあげる、ウルキオラはそう鋭い切り口でツッコミを入れる。そして小さな悲鳴とともにプレゼントはゆっくりと地面に落下していく場面をウルキオラはどこかぼんやりと見つめた。やがてそれはちょうど見せびらかすかのようにウルキオラの眼に再び飛び込んで来た。ケーキかと思われる代物だということはウルキオラにでも理解は辛うじて出来るのだが、しかしながらそれはこの物体Xをケーキと呼べればの話しである。作った本人が中身を目にした途端恐ろしげに悲鳴をあげたリアクションから察するに、随分と変形してしまい以前とは違う代物へとなってしまったからか、もしくは改めて見たらようやくあまりの酷さに気付き戦いたのか、あるいは臭いで咄嗟に驚いたのか・・・

「鼻・・・作るの忘れちゃってた」

いやいやそこじゃないそこじゃない全面的にそこじゃない注目すべきは全体だ視野を広げてよく見てみろそれが誰かに贈るレベルの品物か!!!・・・のような目を織姫に向けたウルキオラはもはや重たくなってしまった口を開こうと試みる。重かろうとも、聞かずにはいられない彼の性分はこの日初めて仇となった。

「今一度、お前に問おう」

これはなんだ・・・

「あの、ウルキオラの顔を・・・イメージしたケーキ、です」

もう織姫からの説明は不要だった。というかそもそも最初から必要もなかったのだが、彼のウルキオラ・シファーも希望という目に見えないものにすがりたかったのかもしれない・・・何か違う答えが返ってくるかもしれない、この全てがドッキリかもしれない、夢オチなのかもしれないと、しかしながらそれは虚しい行為を知らしめるだけであった。

ウルキオラ・シファー、奇しくも嬉しくない意味で生涯忘れられない日となったのである。





暫く時間をじっくりかけて自分自身をケアした甲斐があったのか、普段のウルキオラに戻ると織姫の手から落ちた不気味な代物の入った箱を拾い上げると中をのぞきこむ、中身はやはりというか当然のように先程と変わらぬ惨状だった。










ボロッ・・・

目玉がホラー映画さながらに顔から溢れ落ちる。

「・・・」

「・・・」

お互い顔を見合わせては微妙な空気が辺りを包み込む、ウルキオラは少しやつれた顔を、織姫は心底申し訳なさげにしていた。しかしながらウルキオラは思う、このクオリティーの低い中、異様なまでこの目玉だけは実にリアルな作りにをしていた。そこだけはウルキオラもここへ来て初めて強い興味を引く奇跡を起こした。

「この目玉は何だ」

ガラス細工にしてはみずみずしく、飴玉にしてはブヨブヨと弾力性がある、まるで本物そのものに見えた。ウルキオラは尋ねてみると織姫は尋ねられた品物を目にするとこう言いきった。

「それはマグロの目玉です」
「・・・・・」

それを聞いた瞬間、ウルキオラはそっと静かに箱へと永久封印したのだった。



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