【雨の日の誓い】


最近は猛暑日が続いていたというのに、今日の天気は曇りで気温も低い。
まだ夏服を着ているせいで風が吹く度に自分の体温を持って行かれそうになる。
それは隣を歩く織姫も同じのようで、鞄を肩に掛け直しながら腕を摩っていた。
いつの間にか聞こえてくる虫の音も変わり、歩き慣れたはずの帰り道は新しい季節を迎える準備をしている。
去りゆく季節を惜しむよりも、頭上に広がる曇天の今後を案じ、家に着くまで降らないでいてくれと願うことの方が優先された。


「なんだか降ってきそうですね…。」


重たく圧し掛かるような灰色の空を見上げながら織姫は呟く。
「持ってきてたかな。」と呟きながら鞄の中を漁っている織姫を見ながら俺も己の鞄の中を確認した。


「やっぱり持ってきてないや…。ウルキオラさんは折り畳み傘持ってます?」

「いや…俺も持ってきていない。」

「残念。ウルキオラさんが持ってたら相合傘が出来たのに。」


言葉だけを見ると残念そうだが、笑顔付きで言われると本当にそう思っているのか疑問を抱きそうになる。
どんなに曇っていても。
どんなに陽光が届かなくても。
織姫がそこにいるだけで温かくなれるような気がするのは何故だろうか。
胸の内がふわりふわりと弾み優しく包まれるような感覚は織姫の隣だけ。
思わず頬が緩みそうになった時、「あ。」と囁く声が聞こえた。


「どうした?」

「雨が、」


ぽつり、ぽつり。
手のひらを宙に翳せば小さな雨粒が落ちてきた。
地面にも丸い模様をあちこちに散りばめていく雨。


「降ってきたか…。」

「…どうしましょうか?」

「とりあえず雨宿りだな。走るぞ。」

「はいっ…!」


織姫の手を引き近くにあった店の軒下に駆け込むが、次第に強くなっていく雨のせいで俺たちの服はすっかり雨を吸収していた。
シャッターの下ろされた店は今日が定休日なのか今は営業していないようだ。
軒下にいるのは俺たちだけで、軒下の向こうでは傘をささずに走っている人か、折り畳み傘をさして歩いている人かのどちらかだった。
織姫は走ったせいで乱れた呼吸を落ちつけていたが、鞄から何かを取り出すとそれを俺に差し出してきた。
眼前にあるのはオレンジ色のハンカチ、と…。


「どうぞ、使ってください。」


濡れた織姫がいた…。
雨の中を走ってきたのだから当然なのだが、目のやり場に困る…。


「先にお前が使え。」

「でも…、」

「まったく…。貸せ。」

「ぁ、ッ…!」

「お前が風邪を引いたら大変だろう。」

「じ、自分で拭けますから…!ウルキオラさん…!」


水滴の滴る長い髪から仄かな花の香りがして。
走って紅潮した頬を滴が伝う姿が煽情的で。
濡れているだけでこんなにも色香を放つものなのかと思ってしまうほどで。
しかし織姫を直視出来ない理由はそれだけではない…。


「……が………る」

「はい?なんですか、ウルキオラさん?」


下着が透けている、そう口にするのが恥ずかしく無意識に声量が最小になってしまっていたようで、織姫には聞こえなかったようだ。
だが、さすがに二度言うのは躊躇われる。
俺が何か上着を持っていればどうにでも出来たのだが、生憎持ち合わせていない。
このままでは誰の目に触れるかもわからない。
結果、俺が取った行動は…


「…織姫。すまないがしばらくこの体勢で我慢してくれ。」

「…ウルキオラさん?どうしたんですか…?」


店のシャッターと自分の間に織姫を挟むこと。
これで他の男に見られることは無くなったが、今度は自分の目のやり場に困ってしまう。
濡れたことで体のラインが鮮明に浮き出ていたり。
下着が窮屈そうに織姫を包んでいたり。
見ないようにしていても一度見てしまうとその光景は記憶として残ってしまうわけで。
俺はとにかくシャッターに書かれている文字を眺めるしかなかった。


「…あ、そういうことだったんですね。優しいですね、ウルキオラさんは。」


自分の濡れた服を見て気付いたいのか、織姫は俺を見上げ「ありがとうございます。」と礼を言ってきた。


「これ以外に対処法が思いつかなかったんだ、すまん…。」

「どうして謝るんですか?私はウルキオラさんをすぐ傍に感じられて嬉しいですよ?」

「…、!」


何故この女はあっさりと俺の理性を破壊してくれるのだろう。
にこりと最高の笑顔と共に最上の言葉を紡がれては、俺の理性など簡単に崩れ去っていく。
気付けば両腕の中に織姫を閉じ込めていた…。


「…俺以外の男に同じ台詞を言うなよ…。」

「言いませんよ。ウルキオラさんだから嬉しいんですもん。」


抱きしめ返されたのを合図にして俺たちの唇は重なった。
俺の背で隠しているとはいえ、もしかしたら通行人に見られているかもしれない。
だが今の俺にはそんなことを気にする余裕など無くて。
織姫を感じていたいと思うがままに深く繋がりを求めてしまう。
そんな俺に応えてくれる織姫が大切で愛しくて。
抱きしめている腕に少しでも想いが流れれば良いと思いながら力を込めた…。








*************







「雨止んでよかったですねー!」

「そうだな。しかし早く帰らぬと本当に風邪を引くぞ。」

「大丈夫ですよ。だってウルキオラさんが抱きしめて温めてくれてましたから。」


あれからしばらくすると雨は止んだ。
存分に降らせて満足したのか、今はまた曇りに戻っている。
雨のせいで思わぬ寄り道となってしまったが、ご機嫌な織姫を見ていると悪くなかったとも思う。


「また下校中に雨降るといいですよね!そうしたら今日みたいにウルキオラさんと一緒にいられる時間が長くなりますし!」

「…ッ、」

「ウルキオラさんとの距離が縮まるきっかけをくれた雨に感謝しないと!」


あぁやっぱりこの女は俺の理性を破壊させる天才だ。
一言だけの単純な言葉がこんなにも真っ直ぐ俺を貫く。
今日のようなことがもう起きないよう、俺は折り畳み傘を持ち歩くことを心に誓った。
一本の傘で二人同じ道を歩く未来はそう遠くないだろう。






■END■








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