私と彼と世界の中心


『女の子はみんな、恋すると可愛くなれる』



テレビだったか本だったか漫画だったかはもう朧気だが、そんな言葉があったなぁ、と織姫は思った。


自分はどうだろうか、と考える。
可愛くなれたかどうかは自分では判断できないが、確実に変わったことがある。





生活の中心が、彼になってしまうこと。





いつの時も彼を想い、感じ、彼がいない時でもあたかもいるかのように、見られているかのように、普段の振る舞いや行動に気を遣っているのは気づいていた。


しかしそれがなんだというのだろう。
他の人にはない感情を持ってしまったなら、当然のことではないか。


そう冷静に結論づけるのとは裏腹に、片想いという現状に満足していない自分であることに、織姫は最近頭を抱えていた。



加えて、彼はモテるのである。




自分以外にも、彼を好きな子がいる。

皆同じように彼に惹かれる。
自分だけではない。彼を好きな、自分と同じ境遇を持つ女の子はたくさんいる。


彼はその中から気に入った一人を選べばいい。
彼が好きになった一人を、選べばいい。


その一人になりたいなんて、
思っているのは自分だけではない。





今とてそうである。
調理実習で作ったカップケーキ。
女の子たちはそれを持って彼の周りに群がっている。自分が作ったお菓子を食べてほしいがために。


彼はその中からひとつ、選ぶだけ。


織姫は、十数人の女子に囲まれてうんざりしている想い人を遠目から眺め、自分が作りラッピングまでしたたカップケーキを一瞬、軽く握った。


そして、ため息をつきながら教室を後にした。

















階段を、屋上目指して足早に駆け上がる。脳裏に浮かぶのは、先程の光景。たくさんの女子に囲まれる彼を想像するだけで、胸が締め付けられるような窮屈さを感じる。




この窮屈の意味は分かっている。
ただただ、もどかしい。



どうしていいかわからない。
どうしたら彼が自分を見てくれるか分からない。
彼の特別になりたい。
大勢の中のひとつでは嫌だ。
彼だけの一人になりたい。



片想いが、辛い。屋上に出た織姫は、フェンスに寄り掛かり、力無く座り込んでしまった。

大きく息を吐き、うなだれる。



(…頑張って作ったのになぁ……)



彼はもう、誰かのカップケーキを受け取っただろうか。
それを食べた後に、織姫が見たことのないような笑顔を浮かべて、おいしいと言うのだろうか。

何故それが自分ではないのだろう。




やるせなくなった織姫は、じわりと浮かんだ涙をこらえず、素直に涙腺を緩ませた。


泣きながらではあるが、自分で食べてしまおうとカップケーキのラッピングを開けようとした瞬間だった。















「何を泣いている」















それは確かに彼の声だった。
しかしあまりの驚きに状況を瞬時に理解できない織姫は、目を見開いたまま顔を上げた。

ウルキオラは織姫から3メートルほどのところに立ち、視線を織姫に捕らえていた。



「…っウル……」



ひっく、と涙混じりの声で上手く話せない織姫をよそに、ウルキオラはスタスタと前進し、ごく自然に織姫の隣に腰を降ろした。



「…ひどい顔だな」



優しい眼差しであった。
織姫の涙は急に止まり、ただその瞳が彼のいる世界を映している。



「…ど、して…ここに?」



やっと出せた声で織姫は問う。
ウルキオラは表情こそ普段と変わらないが、優しい眼差しのまま応えた。



「教室は居づらくてな…逃げてきたところだ」



ガクッと、肩が落ちる感覚を織姫は覚えた。

僅かだが期待してしまった自分が恥ずかしくて、『そうなんだ』と呟きながら再び涙が出そうになる。


しかしウルキオラは、



「お前が教室を出るのを見て、ここではないかと思った」



織姫に視線を合わせたままに言った。
織姫は本日二度目、目を見開いて顔を上げる。

ウルキオラと視線が重なった。



「それは……どういう意味?」


「変な形をしているな」



織姫の質問を無視し、ウルキオラは織姫の手から、若干形崩れしたカップケーキの包みをひょい、と取った。

織姫が『あっ』と気づくのも束の間、器用にラッピングを外し、ウルキオラはカップケーキを口に含んだ。



「………………甘い」



彼らしい感想である。
織姫はついていけない展開に焦り、慌てて立ち上がった。



「うっウルキオラにあげるなんて私、一言も言ってないよ!?」


「それはすまなかった」


「ほんとに悪いと思ってる?思ってないでしょ!」


「お前こそ、本当に俺に食べられて嫌なのか?」


「!…っ…」



射抜くような言葉と視線に、織姫は口をつぐんだ。

思わず立ち上がってしまったが、平静を取り戻しつつ、ゆっくりと腰を落ち着かせる。



「なんで食べちゃったの?」


「何故お前は俺に食べてほしかったんだ?」


「そんなこと言ってない」


「言ったも同然だ」


「じゃあどうして、あたしが屋上にいると思ったの?」


「何故泣いていた?」


「もうっ、訊いてるのはこっち」


「俺だって知りたい」



終わらない言い合いに終止符を打とうと、織姫は一旦、深く深呼吸する。


ウルキオラの瞳をまっすぐに(そのあまりの美しさに若干頬を紅潮させながら)見つめた。



「じゃあ、せーので同時に言おう」


「いいだろう」


「いくよ、せーーー……」



この時織姫は、ウルキオラに想いの丈をぶつけるつもりであった。


ずっと勇気がなくて言えなかった一言。
でも今なら言えそうな気がする。
今しかない。


しかし、織姫の口は『の』を言う直前に塞がれた。








ウルキオラの唇によって。








「…………」



何が起きたか分からず、といった表情である。まるで抜け殻のように放心状態の織姫に、ウルキオラは余裕の笑みを浮かべた。




「ひどい顔の次は、変な顔か」


























(好きも言わせてくれない)
(わがままにひっかき回して)
(そのまま、離さないでいて)






















彼によった変わった彼女の世界は、再び彼によって新境地を迎えた。







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