夕暮れのオレンジ色が薄暗い教室に差し込む。
その教室には二つの影があって…。
「おい、何もしねェなら帰れよ、目障りだ。」
作業を中断し、椅子に座っていたグリムジョーが体を捩り、後ろを向く。
その声に反応したかのように、姿勢を正して着席していたウルキオラは、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
うるさい、と雰囲気だけでそう語っているようで、ウルキオラは一向に口を開こうとはしない。
「ちっ。どうせ女待ちなんだろ。」
てめェにしちゃあ、かいがいしいことだなぁ、と、馬鹿にするような笑みを向けながら、グリムジョーは息を吐いた。
ウルキオラは小さく溜息をつくと、無視するようにまた瞼を閉じる。
それに気を悪くしたグリムジョーは、面白くねぇと言いたげな表情をしたが、直ぐ何かに気づいたような顔をすると、ニヤリと口角を上げた。
「てめぇ、女の事どう思ってんだよ。」
「………」
ジロリと冷淡な視線を向ければ、呆れたように溜息を漏らしたウルキオラ。
「好きか嫌いかでいいぜ。沈黙は否定形で捉えるからな。」
「馬鹿が。何故貴様などに言わねばならん。」
怯まぬグリムジョーに遂に口を開いたウルキオラ。
「さぁ?なんでだろォな。」
満足したような嫌らしい笑みを見せたグリムジョーは、チラリとドアに視線を向けた。
そこには、いつからいたのか、僅かに織姫の頭が見えていた。
どうやら入るタイミングを伺っているようだ。
ウルキオラは気がついていないようで、それがわかったグリムジョーはまた僅かに口角を上げた。
「答えねェのかよ」
グリムジョーの言葉に返事はない。
「沈黙は否定形で捉えるっつったよなァ?」
グリムジョーの表情は喜々として歪んでいく。
それでもウルキオラが沈黙を破ることはなく、微動だにしない。
「あぁ、そうか。答えるまでもねェって事か。
そうだな。てめェ、あの女に愛想ねェからな」
グリムジョーが横目でドアを見ると、表情は見えずとも、しょげた雰囲気がドア付近にいる織姫から感じられ、グリムジョーは呆れたように息を吐く。
(わかりやすい奴。
…もう一押しってとこか。)
「まぁ元々てめェが他人に好意を持つってのも考えられねェし、それにお前能天気な奴は嫌いだから尚更だろ?」
ウルキオラは、鋭く冷たい視線をグリムジョーに向けたが、それでも口を開こうとはしない。
「なぁ、てめェは、女が嫌「グリムジョーもうやめて!」
グリムジョーの言葉を遮ったのは、ドアから飛び出し、少し俯いている織姫だった。
「…もう…それ以上は…聞きたくない」
突然現れた織姫に、僅かにウルキオラの目が見開かれた。
「おん「ごめんねウルキオラ!今まで我慢しててくれたんだね!」
織姫の名を呼びながら席から立ち上がったウルキオラを拒絶するかの様に織姫の少し力の篭った声が教室に響く。
「いっ…言ってくれたらよかったに…わざわざ…あたしの側になんて…いてくれなくったって…」
顔を上げ、悲しそうな表情がウルキオラを捉えた。
それは今にも泣き出してしまいそうで…
「女」
「嫌だ!何も聞きたくない!」
織姫へと歩を進めるウルキオラに身じろぐ織姫。
張り上げられた声にウルキオラの足が止まることはない。
「聞け」
「やめて!そんな事しないで!もう無理してあたしに構わなくていいから!」
織姫の両手を取ったウルキオラに、織姫は抵抗するように頭を振り、躯を捩る。
その様子にウルキオラが僅かに眉間の皺を深めると、織姫の手首を掴む力を強めた。
「お「嫌いならッ!」
織姫の荒げた声にウルキオラは僅かに息を飲む。
教室が一瞬、しん、と静まり返った。
ゆっくりと織姫の顔が上げられていく。
「…嫌いって…言ってくれたらよかったのに…ッ!」
悲しげで濡れた瞳がウルキオラを射抜く。
その瞬間ウルキオラの手が緩むと、バッとその手から逃れた織姫は、逃げるようにして、その場から去って行った。
「てめェら、思った以上に脆いな。」
ハハッと面白そうに笑ったグリムジョーに、ウルキオラは視線を向けた。
「いつから居た。」
「俺の知ったことじゃねェな。」
それに霊圧にも気づけなかったてめェが悪ィだろ。とグリムジョーは勝ち誇った笑みを見せる。
「下衆が。」
ウルキオラはグリムジョーに視線を向けず、それだけを言うと、教室から出て行った。
「ハッ…焦ってやがったなあいつ。ざまぁねェな。…っとに面白れェ」
誰もいなくなった教室で、グリムジョーは爆笑したい所を必死に押し殺しながら笑ったのだった。
「女」
織姫を追い、走っていたウルキオラは、帰路途中で織姫を見つけ、その背中に声をかけたが、織姫は反応することなく歩を進めた。
一度溜息をつき、織姫の後ろをついていきながら、ウルキオラは、何度も織姫を呼ぶが、織姫が振り向くことはなかった。
「女」
「……。」
「おい、女。」
「やっ……ッ!」
痺れを切らしウルキオラが織姫の右手を掴めば、抵抗する織姫。
「俺は何も言わなかっただろう。」
「それでも十分わかったから!」
「何をだ」
「そんなのウルキオラがわかってるでしょ!」
ジッと互いの目線が交わった。
悲しく眉を歪ませ涙を溜めた瞳と怒気が篭った瞳がかちあう。
「もう…いいよ。」
視線を反らし、瞳を伏せながら、ポツリと、織姫が力無い声を発した。
「もう命令なんて、無いんだよ。あたしなんて、ほっといてくれてい」
織姫が全てを言い切る前に、ウルキオラは、織姫を自分の胸に引き寄せた。
すっぽりと収まる華奢な躯。
やだっ…!と抵抗し、離れようとする織姫をウルキオラは更にきつく抱きしめた。
「嫌いだと誰が言った」
「でも「俺は言ってない。」
織姫の反論など許さないと言いたげな低い声が織姫の言葉を遮る。
「逃げるなら、ちゃんと俺の話を聞いてからにしろ。」
「……だって…嫌い…なんでしょう?」
すっかりウルキオラの腕の中で大人しくなった織姫が紡ぐ言葉に、呆れたように溜息をついたウルキオラ。
「俺には感情がない。必要ではないと気づいた時に捨てた。故に好きも嫌いもない。」
「………。」
ウルキオラの言葉に今までとは違う陰りを見せた織姫。
それを一瞥すると、ウルキオラは更に言葉を紡いだ。
「だが、お前が嫌いだの、命令だからだと口にすると、釈然としない。」
「え…?」
驚いたような織姫の顔がウルキオラに向けられた。
「正直俺にもわからん。お前が…好きだと言えば、心臓が疼く。お前と居れば…暖かいものを感じる。お前だけに、だ。」
真面目な表情のウルキオラが織姫を見つめる。
「これは何だ。これを俺は何と呼べばいい。」
どんどん紅潮していく織姫の頬。
「それ…は……」
ウルキオラはそっと赤く染まった織姫の頬を撫でた。
「…もう、逃げなくていいのか。」
コクンと頷き、うっとりとした瞳を向けた織姫。
それに応えるように視線を返すウルキオラの雰囲気が柔らぎ、空気に溶けた。
「……ウルキオラ」
「何だ」
「あたしは…ウルキオラこと…」
見つめ合う二人の間に流れた一瞬の間。
焦れったく思えるその時間さえも、二人には甘く愛おしいもので。
暖かい雰囲気が二人を優しく包み込む。
「大好き」
ニコリと、織姫は、柔らかく瞳を細め可愛らしい笑顔を見せた。
「…帰るぞ」
直ぐに織姫から顔を反らし、背中を向け、ウルキオラは織姫の手をとると歩きだした。
勿論繋ぎ方は恋人繋ぎで。
織姫の頬が幸せそうに緩む。
「ねぇ、ウルキオラは?好き?嫌い?」などと、無邪気な様子でウルキオラの顔を覗き込みながら問う織姫に、「黙れ。」と言い、織姫の反対方向を向くウルキオラ顔は、真っ赤だった。
「ウルキオラ、ごめんね。」
「気にしてない」
未だに反対方向を向くウルキオラを覗き込むように見つめる織姫。
少し考えるそぶりを見せると、僅かに頬を赤らめた。
「大好き、だよ?」
「ああ。」
変わりのない素っ気ないウルキオラの返事に唇を尖らせた織姫は、ジッと、不服そうな視線を表情の見えないウルキオラに向ける。
(あ、ウルキオラの耳赤い…。)
そんな小さな発見に、織姫は、可笑しそうに眉を下げたのだった。
雨降って地固まる。
絡められた指はいつもより深く強く結ばれていた。
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