貴方が遠く遠く遥か

もしも孤独に震えていたなら

それは永遠ではないわ

全てを飲み込む海原も

業火に燃え盛る戦地も

険しい茨の道でさえも

貴方の可憐なその柔肌を私の拙い掌で包み込んであげる為に、あたしはどんな所でもくぐり抜けていくわ

だからどんな場所に居ようとも、寂しさに震えないでほしい

独りじゃない

あたしが傍らに降り立つその日まで

讚美を奏でて待っていて欲しい

私は貴方の温もりを

貴方は私の温もりを

重なりあうその日まで

咽び泣く程の青き日に

いつか、いつの日か・・・

「そうして少女は旅立ちましたとさ」

最後の行を読み終えると広げていた本を閉じ、こちらをじっと見つめていた幼い子供に笑みでこのお話が終わったことを織姫は告げた。

「それからどうなったのだ」

丸い無垢なる瞳が織姫を映し出す。そこにはだいぶ大人びた自分を見つけては、穏やかな笑みを自然と作り出した。

「ここでおしまいだよ?」

「起承転結がまるでない話だ、普通ならばそこから物語は始まりなのではないのか?よくその程度で世に出せたものだ」

誰かに似てとても尊大な、いや口が達者、いやいやとても感性に優れた少年はとても不服そうに眉をひそめた。

「う〜ん、絵本だからな〜顛末はそれぞれの心に委ねてるんだよ」

「俺が思うにそれは駄作だ、出版業界とはそういうものなのか?程度を疑うぞ」

「てっ・・・手厳しい」

ズバリと切り捨てた言葉に流石の織姫も困ったように苦笑を溢し、本を棚へと閉まった。少年はとても頭の回転が早く、大人である織姫ですらグッと言葉を詰まらせることが多々あり、少々大人びた性格をしていた。それでも織姫が可愛いなと思えるのは我が子であるのと・・・

「結末」

「ん?」

「その結末はどうなるのだ」

唇を尖らせた少年はチラチラと織姫の顔を見る。そう、織姫はこういった部分も可愛いと思うのだ。先程片付けた本の棚には似たような児童書が幾つもあり、神話やおとぎ話も豊富に揃っている。大人びた言動をしていても根はまだまだ年相応の子供なのだ。

「2人はまた、廻り合うんだよ」

いつまでもこうでいてほしい、そう願ってしまうのはやはり大人のエゴなのだろう、けれどいつか本当に大人になってしまうまで織姫は少年が期待する展開をそっと紡いだ。

「・・・本当か?」

「うん、だからこのお話はハッピーエンドなんだよ」

「・・・そうか」

ホッとするように掛け毛布を顔まで引っ張り上げると口元を覆った。隠れてしまったが笑みが溢れているのは容易に織姫には分かった。

「ふふ」

「何故笑う」

「ムルシーちゃん可愛いなって思っただけ」

ムルシーちゃんと呼ばれた少年は織姫の言葉にみるみると顔を歪ませお怒りの表情を作り出した。

「・・・」

「そんなあからさまに不機嫌にならなくても」

その不機嫌な様子に親に似るもんだなと織姫は思わず笑いそうになった。自分に似ている部分なんか数えたら片指ですら余るほど見つからず、殆どが父親をそっくりそのまま生き写したかのようだ。

「可愛いなどとは聞き捨てならん、それにその呼び名も気にいらん」

「ムルシーちゃんが?」

「むっ・・・また言ったな、俺の名はムルシエラゴだぞ」

可愛いから良いじゃない、と織姫は口に出そうとしたが大人げないかとそれをそっと胃に流し込んだ。その代わりある提案で場を和ませようと口を開く。

「そんなに嫌ならあたしのこともママって呼べばおあいこになるよ♪」

「ややこしくするな、お前がその呼び名を止めれば良い話だ」

親に対してお前、というのはやはりその親の影響なのだろうな、見た目だけでなく口調までとは、今度あの人に注意しなくちゃなと織姫は困ったように笑う。しかしとりあえず今はこの状況を何とかしなくてはと織姫は耳元を手で閉ざした。

「聞こえませ〜ん、全っ然聞こえない」

考え付かなかったので逃げの一手で対象してみることに織姫はした。もちろん解決しないのは分かりきっていた。

「その科白が出る時点で聞こえてる証拠だぞ」

「ありゃま」

「むっ・・・子供扱いをしているな、適当にあしらっているのが分かるぞ」

「あっそろそろお休みの時間だよ?今日のお話はここまで」

ちょうど時計が9時をさしていつもムルシエラゴを寝かせる時間帯になっていた。織姫にはしめしめ、である。

「まだ眠くない」

「明日のお弁当はムルシーちゃんの好きなもの沢山だよ?オムライスにタコさんウィンナー」

「・・・」

あっ迷ってる。あと一押しだな、織姫ニヤリと心中で笑う。

「でもこのまま眠らせてくれないならママ朝起きれなくてお弁当作れなくなっちゃうよ〜?」

「・・・・・寝る」

勝った!ガッツポーズをしたいような気持ちで無事に口を尖らせながらも寝かせることに成功した。勝敗は今のところ織姫が勝ち越しているが、時々ムルシエラゴが上手いことを言うのでそれに飲まれてしまう時がある。今日はどうやら渋々納得してくれたようだ。

「お休みなさい」

「・・・・・なさい」

電気をOFFにして部屋を出ると今日の戦いが終わった。うーんと伸びをすると今度は自分の部屋へと歩き出し、暫く暗い廊下を歩くと寝室にたどり着いた。織姫の伴侶となった人物は明かりをあまり好まない質なのでドアの隙間から明かりが暗い廊下を照らしているということは起きているということだ。

「ウルキオラさん、起きてる?」

「あぁ」

寝室のドアを開けると中央に設けられたダブルベッドにはウルキオラがスタンドの明かりで小難しいげな分厚い本を読んでいた。黒のシックなパジャマに黒ふちの眼鏡をかけている姿は理知的なウルキオラによく似合ってるなと織姫は密かに思う、ちなみに織姫のパジャマは対になっている白色だ。

「あいつは寝たのか?」

「うん、誰かさんに似てとってもお口が達者だから寝かせるのがいつも大変です」

困ったものですな、織姫が含み笑いをしつつ呟きながらベッドの中に入り込むと僅かにウルキオラが横にずれスペースを空けた。洗濯したばかりのシーツからはフローラルの香りが眠気を誘う。ウルキオラは読んでいた小難しい本(織姫はそう評している)をサイドテーブルに置くと織姫の髪に手を伸ばし触れてきた。

「それは暗に俺を指しているのか?」

「さぁ〜?その誰かさんとは違ってムルシーちゃんは可愛げがあるからな〜」

髪に触れていた手が今度は頬に移る。産毛を触るような微かな感触に織姫は思わずウルキオラに目を向けた。柔らかい笑い方をするようになったな、そんな風に思えるようなごく自然な表情がそこにあった。

「俺に可愛げを求めているのか?」

「ううん、そのままが良いです」

それに可愛げが無いことも無いですしと小さく織姫は口にする。頬を撫でる指が止まり、離れていった。ただそれだけで織姫は途端に寂しさを感じた。

「そうか」

そう言うやいなやギシッとベッドが傾く音が鳴ると織姫の顔に暗い影が落ちる。ウルキオラが覆い被さって来たのだ。パジャマは首元から第2ボタンまで外されており、ちょうどウルキオラの綺麗な鎖骨が見えた。ドキリと織姫はウルキオラにも気付かれてしまうんじゃないだろうかと思うくらいに心臓がはね上がると彼のいやにセクシャルな指先が織姫の唇に触れた。

「えっ?あの・・・え、ウルキオラさん?まさか」

「俺はそのままで良いとお前は言ったからな、今の俺がしたいことをするつもりだ」

この展開はもしや、何度となく体験してきたことなのですぐさま織姫はハッと身構えた。

「え!?うそ!あっやぁ!!」

「あいつに聞こえたら厄介だろう?お母さん?」

ズンと腰に甘く響かせるような低音ボイスに織姫は顔を赤らめ、口をつぐんだ。実に弱点を理解していると織姫は意地悪い顔をしたウルキオラを精一杯睨んだ。子供というキーワードに触れて、尚且つ織姫がウルキオラの声に弱いことを分かってての行動、しかもちゃんとご丁寧に耳元ダイレクトに、今ではその声だけでいやらしい熱を生んでしまう身体になった自分を恨みがましく思いながら、拒めるはずもなく結局こういう状況になると織姫はうーうーと散々低く唸ってはこう言うのだ。

「優しく、してくださいね?」

微かに笑う気配がすると自分に覆い被さる影を最後に織姫はそっと目を瞑った。













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