本能に逆らえ!






3000hitのフリリクで「ふたり暮らしの続き」のリクを頂きました。どうぞお納め下さい!やっぱり落ちがない話となりましたが書き直しならいつでも応じますので!




腹、空いたなぁと呟いた声は誰にも聞かれる事無く静寂の中に溶けていった。それもそのはず。本来の家主は何時間も前に部屋を出て行ってしまっている。
腹を満たそうにも満たすには外に出るしかないが、天高く昇っている太陽を見てそれは早々に諦めた。日陰を通れば何とかなるかもしれないが別に体力を大量に消耗して死にそうな思いまでして腹を満たしたい訳じゃない。

「椿、いつ帰ってくっかな…」

寝癖が付き放題の髪をガシガシと掻いて手元の時計を確認する。時刻はまだ正午を過ぎた辺りで椿が帰って来る時間には程遠い。
特にする事も無いし、もう一眠りしたら椿は帰って来るだろうか?とぼんやり考えながら布団をかぶる。あんなにたっぷり睡眠を取ったはずなのに布団の誘惑とは恐ろしい物で、程無くして欠伸と共に睡魔が襲って来る。眠気に抵抗する事なく身を委ね、重さを増して行く瞼をゆっくりと降ろした。






「…くっ…ひっく…」

聞き覚えのある泣き声が聞こえる。そこにはやっぱり椿がいて、俺に背中を向ける形で蹲っている。またベソでもかいてるのか、と椿の肩に手を伸ばしかけたところで椿が俺の方を向いた。

「…椿?」
「どうしてくれるんスか、達海さん」

悲痛な声で迫って来る椿に何を言ったら良いのか分からない。そもそも、俺が何をしたって言うんだろう。

「俺……になんかなりたくなかったのに…」

椿の口元を見てドキリとする。独特の形をした鋭い歯…ではなく牙。それは即ち

「吸血鬼になんか、なりたくなかったのに…!」

椿の瞳からは今にも涙が零れそうになっている。言葉の一つでも掛けてやりたいが俺の言葉なんか聞きやしないだろう。

きっと、俺が椿を吸血鬼にしたんだから。

ずっと、不安だった。
空腹に絶え切れなくなる度に椿の優しさに甘えて血を分けて貰っていた。でも、日増しにもっと血を吸いたいと言う欲求は強くなって行く。押さえ付けていたつもりだったのに。我慢していたつもりだったのに。本当はこうなる前に椿の前から姿を消すべきだったのに。
いつかはこうなるんじゃないかと思っていたんだ。

「俺どうしたら良いんスか?ねぇ、達海さん…!」

…俺は椿の血を吸い尽くしてしまったんだろうか?いや、愚問だな。だって現にこうして椿には牙が生えているんだから。

「椿、俺…」






「達海さん、達海さん?」
「ん…」
「起きました?すみません。ちょっと帰りが遅くなりました。」

ん、椿の声…。ぼんやりとぼやける視界が徐々に鮮明になって行くと共にさっきの泣いていた椿の表情が蘇る。

「椿、ちょっと口見せろ!」
「え?ちょ、達海さん!?何す…」

どさりと椿が持っていたスーパーの袋が落ちる音が聞こえた。卵が、とか豆腐が、とか悲しそうに呟く声が聞こえて来るけど今はそれどころじゃ無い。
歯を、歯を確認しないと…!

「…良かった…!」

安堵しきった表情でそう言った俺の顔を?マークを浮かべて椿が眺める。

「あの、達海さん…?」
「ゴメンな椿。でも、本当に良かった…」
「…変な達海さん。何かあったんですか?」

別に何もないよ、と返答し落ちたスーパーの袋の中身を拾う椿を手伝うことにした。豆腐は角が取れてしまってたし卵は粉々になってるしで悲惨としか言い様が無い。
きっと後で買いに行かされる羽目になるだろうな。

「俺、達海さんと暮らし始めてから思ってる事があるんス」

もしかして、と思う。
椿の唇が次の言葉を紡ぐのが恐ろしい。両の耳を手で覆ってしまおうか。

「ただいまを言う人がいる、って良いっスね」
「へ?」
「俺、田舎から出て来たばかりで右も左も分からなくて…。一人暮らしだから家に帰って来ても電気なんかついてないし、ただいまを言う人もいなくて寂しかったんス。」

だから、と続けた椿の表情は穏やかで、悲しげな面持ちなど欠片も無い。

「達海さんと暮らし始めて、本当に良かった」
「もしかしたら、吸血鬼にされるかもしれないのに?」
「達海さんはそんなことしませんよ。」

にこりと笑って見せたその表情は反則だ。まだ一緒にいて良いんじゃないかと浅ましい考えを持ちそうになる。もっと一緒に居たいと思ってしまう。

心の奥底で誰かが叫ぶ声がした。



ならば血を吸え、と



本能に逆らえ!
 

2010/8/30/mon

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -