一夜怪談





「お前らこんな時間まで何やってんの?スポーツ選手が夜更かしか?」
「あ、監督!」

夜も更けてきた頃、クラブハウスの一角に集まっている選手達を達海は発見した。世良や赤崎、椿など若手が中心の顔ぶれで、彼等が輪になった中心にはろうそくが一本炎を揺らめかせながら灯っている。

「なんだ、怪談話でもしてたのか?電気もつけないで。」
「そうなんスよ!聞いて下さいよ監督!赤崎の奴がタンさんから聞いた話マジ怖いんスよ!」
「あんなの普通でしょ。世良さんが怖がりなんじゃないスか?」
「なんだと!?」

ふぅん、と達海は短く声を上げる。怪談話は余程盛り上がっていたらしい。
ろうそくの根本には垂れてきた蝋が幾重にも重なって固まっていたし、何よりも選手達の顔が楽しそうである。

「そんじゃ…ちょっと俺も混ぜて貰おっかな。」
「え、監督も?」
「いいだろー?別に。背筋が凍るような奴話してやるよ」

ニヤリと達海の口の端が上がったのを選手達は見逃さなかった。あれは何か良からぬ事を企んでいるときの顔だ。それを彼等は常日頃のトレーニングやシーズン前や中断時期などのキャンプで思い知っている。

「…この怖い話の舞台はな、ここ。ETUだ。」

ゴクリ、誰かの息を飲む音が聞こえる。達海の口から聞き慣れた言葉が出てきたことで場に緊張が走る。

「この間の事だ。皆俺がこのクラブハウスに住んでることは知ってるだろ?」
「広報や後藤さんから聞きました。」
「そう…。その日、俺は夜中に目が覚めてどうしても眠れないから外の空気吸いに行こうとしたんだ。…それでとある部屋の前を通ったらな…、中から何かをかじって咀嚼してるような音が聞こえてきたんだよ」

怖さが限界に達したらしい世良の短い悲鳴が聞こえる。

「ポリポリポリポリって廊下中に音が響いてんだ。…興味本位でさ、覗いてみた。薄暗い部屋の中にぼんやりと明かりがついてて、その明かりの近くをなんか大きいのがガサゴソやってる。」

普段の練習風景ではまず見ない真剣な達海の表情と彼が語る言葉に選手達はぐいぐいと引き込まれていく。

「その大きいのの周囲には長細い物が散乱してて、ポリポリって音はそれをかじる音らしかった。で、よーく目を凝らして見てみると…そこには一心不乱に冷蔵庫の中のキュウリを貪るパッカくんが!!!」
「うわあぁあああ!」
「ひいいいい!」

突然の大声に吃驚した椿や世良の叫び声が響く。雰囲気に流され自分も少なからず動揺したところでふと赤崎は気が付いた。

「…って何でパッカくんなんスか。ただ監督がパッカくんのつまみ食い発見しただけの話じゃないスか。」
「脅かさないでくださいよ!本気で驚いたじゃないスか!」
「あれ、お前ら何か不思議に思わないの?」
「だから、パッカくんがつまみ食いしてた話でしょ?」
「…だから、よく考えろ。パッカくんだぞ?」


「「「……。」」」


以来、ETUではその話題については触れないようにされている。





2010/7/29/thu

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