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デート場所については俺に決めさせてもらった。ていうか俺がそこに行きたいと強く希望したのだ。
寒河江くんも二つ返事で了承してくれてデート自体はあっさり決まった。
冬、そしてクリスマスとくればアレしかない!と、思ってたのに――。

「う、わわわわ!待って待って怖い怖い怖い!」

もう全身ブルブルの膝ガックガク。別に寒いからこうなってるわけじゃない。
クリスマスソングが流れる寒空の下、すっかり日は落ちて、周囲はイルミネーションに彩られている。金色や赤、緑の幻想的なライトアップはムード満点。
なのに……なのに!
俺は、プルプルしつつへっぴり腰で冷たい手すりにすがりついた。

「――なんで滑れないのにスケートやりたいとか言ったんですか、センパイ」

声につられて振り返ると、ライトアップで三割増しのイケメンがいた。はい、俺の彼氏です!
寒河江くんが心底の呆れ声とともに最大級の白い溜め息を吐き出す。
彼を見てちょっと恐怖が薄らいだものの、油断して足元がツルッとしたもんだから慌てて手すりにしがみついた。

「む、昔は滑れたんだよー……」

ほんとだよ。子供の頃は父さんにスキーやスケートに何度も連れていってもらったから。
だから今でも出来るだろうとタカをくくってたらこのザマだ。

――冬季限定で商業施設に併設されたアイスリンク。
スケート靴はレンタルで入場料金に含まれていて、買い物ついでに誰でも気軽に滑ることができるという催しだ。
イルミネーションのなかでナイトスケートなんてめっちゃクリスマスデートっぽいじゃん!ということで俺がこの場所を提案したのだ。
思った通り、この時間だとファミリー層はもう帰ったらしく、ほとんどがカップル風の男女や友達同士らしい若い客で賑わっていた。

「だってさ、恋人の手を引いてあげながらスケートとかさ……やってみたかったっていうか……」
「まあそんなとこだろうと思いましたけど」

寒河江くんと出会う前の話ではあるけれど、不安定な氷上で怖がる彼女の手を引いて、かっこよくエスコートする俺!という妄想を何度したことか。するでしょ?普通。
ところが現実はご覧の通りである。
だって思った以上に滑るんだよ!氷って!
転んだら痛いし恥ずかしい。絶対周りから笑われる。一緒にいる寒河江くんにまで恥をかかせるわけにはいかないじゃないか!

「ちょっとセンパイ、いつまでそこにいるんですか」
「う、うぅ〜……」

そう言う寒河江くんは涼しい顔でリンクに立っている。少し足を動かしつつ上手にバランスを取って、しかも手はブルゾンのポケットの中だ。その余裕っぷりがかっこよすぎる。
くそ、スポーツ何でも出来て羨ましい。たぶん体幹とかバランス感覚とかそういうものの鍛え方が俺とは違うんだろう。
どうにも手すりを放す勇気が出なくて頑なに小さくなって震えていたら、寒河江くんから再度の大きな溜め息が聞こえた。

「はぁ……しょーがないですね。ほら、掴まってください」
「つ、掴ま……?」

おそるおそる振り返ると、寒河江くんがポケットに手を突っ込んだまま、『く』の字に曲げた片肘を俺に向けていた。
ここに掴まれってこと?いやいやさすがにそれはいい年して情けないよな、俺が。
躊躇していると寒河江くんは顎を上げつつ首を傾げた。文字通りの上から目線。

「センパイ、昔は出来たんでしょ?コツ思い出したら滑れるようになるんじゃないですか。それまでオレに掴まってれば?」
「で、でも……」
「周りの目が気になるんだったらさっさと滑れるようになってください。その状態も十分すでに面白いですからね」
「うぐっ」

うすうす気づいてたことだけど!
リンクの入場口からすぐ近くの手すりだから、出入りする人たちにチラチラ見られてるんだよね。この俺のへっぴり腰を。
お願いだから俺よりこっちのイケメンのほうを見てください!
とはいえなんだかんだ言っても俺だってこのままでいいとは思ってない。
鼻から深く息を吸ったら、冷気が流れ込んできて心なしか気持ちがシャキッとした。

「さ、寒河江先生お願いします!転んだら起こしてね!」
「はいはい。大丈夫ですって」

ええいままよ!と手すりを放し、苦笑する寒河江くんの腕を急いで掴んだ。
ボア素材のブルゾンはめっちゃモコモコで気持ちいい。手袋してなかったらずっと撫でてるかもしれない。
俺の心の準備が出来る前に、寒河江くんは俺を腕にくっつけたままさっさと滑り出してしまった。

「ゆっくり!ゆっくりぃぃぃ!」
「やってるでしょーが、ゆっくり」

いや全然ゆっくりじゃない!体感的には超速スピードだよ!
しかし、隣を追い越していった女子二人組に比べたらめっちゃゆっくりだった。しかもいつでも手すりに掴まれるように外周を滑ってる。

「センパイ、もっとリラックスしてオレに合わせてください」
「う、うん」

しばらくそうやっていたら、気持ち良くスル〜ッと滑ることができるようになった。
外周の二周目に入る頃には俺の恐怖心もすっかり消えていた。

「な……なんか大丈夫かも、俺」
「ほら言ったじゃないですか。上手いですよ、センパイ」
「あ、ありがとう」

上手いかどうかはわからないが、寒河江くんの動きに合わせてスムーズに滑れるようになってる。
動いたおかげか少し汗ばむほど体温が上がった。
それでもこのモコモコから手を離す気になれなくて、そのまま内周に移動した。

リンクの内側はライトがより明るく当たっていて白いリンクが眩しい。
氷を蹴る音や人々の笑い声、寒いのに寒さを感じない。
前を向いたままの寒河江くんの表情は分からないけれど、俺を導く腕は優しい。

「やっぱ来て良かった。楽しいね、寒河江くん」
「……や、面白いのはこっからでしょ」

そう呟いた瞬間、寒河江くんが急に速度を上げた。
今までのは例えるなら亀の歩みで、いきなりウサギのトップスピードに入ったようなものだった。

「さささ寒河江くん!?あぶ、あぶなっ!ここ怖っ!」

彼の腕に掴まりつつもビュンビュン頬に当たる冷気に耐える。
だけど恐怖心が一定を越えたら今度は逆にこのスリルが楽しくなってきてしまった。
そしたら俺も寒河江くんに負けじと足を動かす。他の人にぶつからないように注意しながらだけど、二人して競うように滑った。
変にハイになった俺は声を上げて笑った。寒河江くんも一緒に笑う。

楽しいよやっぱり。寒河江くんと一緒だとこんなにも楽しい。

しばらくそうやって滑ってたけど笑いながらだったせいでむせちゃって、「ストップ!一回ストップ!」と俺のほうがギブアップした。
寒河江くんが緩やかにスピードを落とす。俺もそれに合わせて足の動きをゆっくりと止めた。
そうしてモコモコ腕から完全に手を放した。

「はーもうやばい!苦しい!笑い死ぬとこだったよー」

外周の手すり近くに止まってぜえぜえ息を整えてたら、寒河江くんがやっと俺のほうを振り返った。
ポケットからおもむろに手を出した彼は、俺の手をとってギュッと握ってきた。
掌に何か、硬いものの感触がする。

「……何これ?」

手を開いてみると、そこにはキーホルダーがあった。だいぶ前に流行ったブサイクめな狸のゆるキャラだ。
端っこの塗装が剥げていて新品には見えない。
なんでこんなものを渡してきたのか意図が読めなくて、困惑気味に寒河江くんを見上げた。

「あの……それ、オレが小学生んときゲーセンで初めて取った景品で、高校受験の時とか持ってたやつなんで」
「うん?」
「験担ぎっつーか……センパイの受験のお守り的な、そういうのっつーんですか。オレ、手作りとか出来ないんでこんなんですけど、一応、クリスマスプレゼント……みたいな」

途切れ途切れに言い難そうにしながら寒河江くんが首をさする。恥ずかしそうに。
その意味を察して頬が緩む。
俺がニヤニヤしてると、寒河江くんは唇をちょっと尖らせてもごもごと言った。

「やっぱあの……こういうのって重い、ですか……?」
「えっなんで!?全然だよ!むしろめっちゃ嬉しい!」

キーホルダーを握り込んで、空いた手で今度は俺から寒河江くんの手を握る。
そしたらバランスを崩して転びそうになったんで、慌てて二人で支え合った。
不格好な姿勢のままズルズルと滑る。ようやく持ち直して手すりにもたれかかると、お互い同時に吹き出した。

「寒河江くんってさ、こーゆー変なゆるキャラ結構好きだよね」
「好きってわけじゃないですけど、ゲーセンで見かけるとつい取りたくなっちゃうんですよ」

それは好きとどう違うんだろう。
よりいっそう強くキーホルダーを握り、寒河江くんをまっすぐに見据えた。
受験のお守りは実はもうひとつある。文化祭で手に入れたスーパーボールと合わせて無敵の気分だった。

「――ありがとう、寒河江くん。俺、受験頑張るよ。てか落ちる気がしない」
「フラグの台詞ですよ、それ」
「やめてやめて!不吉な感じにしないで!」
「嘘ですよ。応援してるんで」

俺をからかうときだけ生き生きしてるな、寒河江くんめ。そういうとこも好きだけどね!
キーホルダーをなくさないようにデイパックの中に大事にしまう。そのとき、寒河江くんがポツリとこぼした。

「あーあともうひとつ、言っちゃっていいですか」
「え?なに?」
「愁たちはサプライズ的なことしたがってたけど、その前に絶対どっかから情報入ると思うんで。新歓の書道パフォーマンスってやつ、あれ、来月末にある『三年生を送る会』でやるんですよ」
「は……えぇぇ!?」

思わぬ情報に大きい声が出た。驚きの声もクリスマスソングとともに夜空に消えていく。
心臓がバクバクと高鳴る。新歓でしかやらないから俺は生で見られないと思ってたのに見られるの?しかも一ヶ月後に!

「てかセンパイは当日サプライズとかより知ってたほうがいいでしょ、こういうの」
「う、うん!え、ほんとに!?やっば、めっちゃ楽しみ!……あ、だから由井くんがあんなにピリピリしてたんだ?」
「練習とか考えると全然時間ないんで。まあ文化祭のやつよりは短いからどうにかしますけどね」

寒河江くんは肩を竦めて苦笑した。それだけで書道ボーイズの苦労がなんとなく伝わってくる。
それはそれとして、自分が観客として見るパフォーマンスは期待で胸がはちきれそうだ。まだ一ヶ月先なのに。

「そっかぁ。そんなの聞いたら俺ほんとやる気出てきた。あーやばいすごい嬉しい」
「オレの必勝アイテムよりですか?」
「ど、どっちもだよー」
「冗談ですって」

寒河江くんが優しく笑う。俺もつられて笑った。

「パフォーマンス楽しみにしてるからさ、寒河江くんも頑張ってね」
「はい。気合い入れてやります、センパイのために」

その言葉を聞いて、本当に胸がいっぱいになった。
好きって気持ちが溢れそうで苦しい。苦しいのに幸せで満たされる。
――今日は最高のクリスマスだ!

「……もうひと滑りいきませんか、センパイ」
「うん!」

差し出された手をとる。氷の上でも、俺はもう、恐怖心も不安もない。だって寒河江くんがいるから。
俺たちは手を繋いだまま、白いリンクの上を軽快に滑り出した。


end.

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