ある冬の日

<仁科×志賀>

一年のとき、二人が同室だった頃の話。
ただイチャイチャしてるだけ。






ぴぴぴぴぴ、とうるさく鳴る目覚まし時計を止めて、俺は布団から手足を投げ出した。

「さむ……」

独りごちて寝ぼけ眼でスマホの時間を確認する。……ろくじよんじゅうななふん。
十分ほどベッドの中でごろごろしてから起き出した。スウェットの上にダウンを着こんで、ずび、と鼻をすする。
年が明けて冬休みも終わった一月半ば。冬はまだ終わらない。むしろ日に日に寒さを増しているように感じる。
山林近いこの学園にも寒波は容赦なく襲ってきて、外はうっすらと雪が積もっている。
電気ファンヒーターをつけてリビングを温める。俺はしばらく温風の噴出口の前で丸まって、冷えた手足を温めた。

全然あったまってはなかったけど、時間がないからミニキッチンへと移動する。
ケトルに水を入れて湯を沸かしインスタントのコーヒーを淹れた。それを口に含むと腹が温まって目も覚めてきた。
そうして朝飯の準備を始めるのが俺の日常だ。朝飯は、二人分。

生活空間を共有していると、いくつか暗黙のルールみたいなのが出来上がるのは誰しもあることだと思う。
仁科も俺も、お互いの生活には干渉しないっていうルールがある。これは別に話し合ったわけじゃなくて、そうするのが妥当だと思ってるからそうしてる。
というより仁科の生活が……いや、ぶっちゃけ性生活が爛れきっていて俺が付き合いきれないっていうのがある。
仁科はまるで隠そうとしないし、俺は――正直、ワケあってそういうのはしばらくいらないと思ってるから関わりたくない。

昨日も平日だっていうのにお楽しみだった仁科はまだ寝てるようだ。

「にーしーなー!朝メシー」

朝は俺が飯を用意するっていうのも暗黙のルールのひとつだ。
仁科の個人スペースのドアをがんがんと叩いたが返答はなかった。仕方なくドアノブを動かすと、鍵はかかっておらず、あっさりと開いた。
薄暗い部屋をそっと覗くと、淹れたてのミルクティーみたいなふんわりとした色の髪が布団の中から見えた。
ヤツの昨夜の『お相手』はいなくて、そのことにホッと胸を撫で下ろした。

「仁科。起きろ」
「……ん〜……」

子供がぐずるような呻き声が羽毛布団の中から聞こえてくる。

「朝メシできてるから」
「志賀ちゃぁん……」

いつもよりも更にふやけた口調で俺を呼ぶ仁科。布団からにゅっと腕が飛び出してくる。

「寒いよ〜……」
「うっせーさっさと起きろ。遅刻すんぞ」
「……起きるからこっち来てぇ」

手招きされてよくわからないままに仁科のベッドに近づくと突然腕を握られた。
完全に油断していたせいで体勢を崩した俺は、そのままベッドに引きずり込まれてしまった。

「うわっ!?」
「う〜志賀ちゃんの体冷たいじゃん……」

抱き枕よろしくぎゅっと抱き込まれて、俺はちょっとしたパニック状態に陥った。
間近に仁科の眠そうなとろんとした顔があって、香水とはまた違った甘い香りが濃い。ピアスもワックスもアクセもつけていない素の姿。
長い足がするりと俺の体に絡んできていよいよ逃亡不可能になる。

「おま……仁科、寝ぼけてんなよ」
「寝ぼけてないよー起きてるよー」

むにゃむにゃと言う仁科は絶対にまだ半分寝てると確信した。
密着しているおかげで体温を分け合った俺も温かくなった。人肌は嫌いじゃないけど、仁科相手にこの体勢はどうにも落ち着かない。

「もうあったまっただろ。てかリビングのヒーター点いてるしそこまで寒くねーから」
「やだー……今日はこのまんま俺とサボろーよ志賀ちゃん……」
「俺をお前のぐうたらに付き合わせんなアホ!」

布団の中で、男同士くっついて会話するって一体どういうシチュエーションだよ。そしてそんな状況に慣れてる自分も怖い。
俺と仁科は断じてそういう関係じゃない。じゃねーんだけど、あんまり胸張ってそう言えないところが複雑なところ。

「じゃあちゅーしてぇ。そしたら起きる〜」
「はいはい」

もはや息子を甘やかすオカンの心境だ。んー、とアヒルのように尖った仁科の唇に軽くキスをしてやる。
一回で終わりかと思ったら、仁科はキスを重ねてきた。
仁科の唇はどんな手入れをしてるのか、いつも程好く湿っていて唇の皮がささくれ立ってるなんてことは、これまでただの一度もない。
綿菓子でも食むようにゆったりとしたキスをされていると、俺の体の力はみるみる抜けていった。
仁科のキスはマジで気持ちいい。ふっと意識が遠くなるくらいにそれだけしか考えられなくなってしまう。

「ン……」
「……しがちゃん……」

仁科の手が俺の腰から尻にかけてするすると這っている。
冬休み前だったかな、その頃くらいからキスしながらやけに触られてんなぁと思う。でもキスに夢中になってるとその他が疎かになるからあんまり気にしてなかった。
羽毛布団の中に熱が篭もり、絡み合った足やいつの間にか仁科の背に回していた腕に汗が浮く。
息苦しくて体を離し布団から半分抜け出すと背後から抱きつかれた。

「志賀ちゃん、大好きだよぉ」
「お前の『好き』は軽すぎんだよバーカ」

そう言って笑い飛ばすと、仁科も同じように笑った。そんなこと、昨日の『お相手』にも言ってるってことは容易に想像がつく。
仁科の「好き」はかなり幅広い。女子がなんでもかんでも「かわいい」って言うようなお手軽さだ。
そしてもう一度蕩けるようなキスをしているうちに、俺は仁科のベッドで寝てしまっていた。
はっと目を覚ましたら、一時間目終了を告げるチャイムが校舎の方から聞こえてきた。
仁科は起きなかったからそのままにして慌てて学校に行ったが、完全に遅刻した。


俺は全然気付いてなかったんだけど、その頃の俺はいつも仁科の移り香をプンプンさせてたから周囲から「あーそうなんだ」っていう生温かい目で見られてたらしい。
だから、付き合ってたとかねーから!マジで!


end.

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