生徒会といっしょ!5


『書記・後藤楓磨』(志賀・一年のとき)



俺と後藤との初邂逅は、一年の夏休み前だ。あれは忘れたくても忘れられない衝撃だった。未だに額が痛む気がする。

一学期末のテストが終わったある日、D組の清水に用事があって寮の部屋を訪れた。
クラフトアート同好会なる部活動に所属している清水とは趣味を通して仲良くなったダチだ。
俺は、清水に頼まれて俺のとっておきの一品を貸す約束をしていた。

何って、マトリョーシカを。
俺の趣味はマトリョーシカを集めることだ。そして清水は木彫りが趣味だという。
件の同好会は立体物を作るという活動内容なのだが、清水は夏休み中に部活動の一環として木彫りの巨大マトリョーシカを制作をするらしい。出来たら一番に見せてもらおう。

そういうわけで金曜の夜、清水を訪ねて初めてあいつの寮部屋に向かったのだった。
さっそくインターフォンを押す。しかし待てど暮らせど一向に出てこない。
出かけてるのかと思ってドアノブを動かしてみたら、鍵はかかってなかった。
誰もいないのに無用心すぎじゃねえか。

「おーい清水ー」

ドアをちょっとだけ開けて一応声をかけてみたけど、反応はなかった。
でも人の気配……つーかドタンバタンと暴れる音が部屋の奥から聞こえてきた。もしかして取り込み中?
不審に思ってリビングスペースに顔を出したそのジャストなタイミングで、目の前に突然何かが飛んできた。
そして『それ』は思いっきり俺の額に直撃した。

「いってええええ!!」

そう叫びながらつい手に持っていた俺の宝物をぶん投げてしまった。いや、驚いてすっぽ抜けただけだ、マジで。マジだから。わざとじゃないし!

かくして俺の手を離れたマトリョーシカは、リビングの真ん中にいる黒いものに向かって飛んでいった。
それはものじゃなくて、人だった。ものすごくキレのいい動きをするガタイのいい人間。

「っ!」

俺のマトリョーシカはそいつの後頭部にクリーンヒットし、あれだけ激しかった動きが銅像の如く静止した。
ぎぎぎ、と油の切れた機械かってくらい鈍い動作でそいつが俺を振り返る。

振り返ったそいつの顔を見て俺は腰を抜かした。
だって、そいつってS組の後藤楓磨だったんだよ。仁科のクラスメイトと言い換えることもできる。S組は全員有名人だから俺でも当然顔は知っている。

後藤は、鋭い切れ長の目に眉がきりりとしていて、鼻筋がしっかり通った男前だ。長身で体つきもがっちりめだから、四文字熟語でたとえるなら質実剛健といったところか。
そして同い年とは思えないほど落ち着いた雰囲気を醸し出している。余計なことを喋らずどっしり腰を据えて周囲を静観しているヤツ、俺の印象としてはそんな感じだった。

そんな後藤が、汗だくで額にピンクのはちまきを装着し、ただの黒Tかと思ったら白抜きで有名アイドルグループのメンバーの名前がでかでかと印字されてる痛い代物を着ていた。

後藤は俺の顔を見てものすごく驚いた顔をして――俺も同じような顔になってたかもしれない――イヤホンを耳から抜いた。しゃかしゃかと音楽が音漏れする。
さらにその手には発光する20センチくらいのペンライトが。

はっとして足元を見た。
さっき俺に直撃したのはこれだったのか。よく見れば同じものが後藤の腰に何本か刺さっていた。
武士っぽい雰囲気の後藤だが、腰に刺さってるのは刀じゃなくてペンライト。そしてアイドルTシャツ。はちまきには『ド根性にゃん』の文字とハートマーク。

「し、志賀……?」

あれ、どうして俺の名前知ってんだと思ったけど、そういえば後藤は生徒会の庶務だった。四月くらいに監査委員として挨拶した記憶がある。
そして後藤は縋るような目をしながら「このことは……誰にも言わないでくれ……」と俺に懇願したのだった。





後藤は清水と同室だということが後に判明した。そりゃそうか、清水を訪ねて行った部屋にいたんだから。

お互い落ち着いた頃に話を聞いてみたら、後藤は重度のアイドルオタクで、リビングでやっていた例の激しい動きはライブ会場で披露するダンスだと説明された。通称オタ芸っていうらしい。それの練習をしてたんだとか。
後藤は国民的アイドルグループ『れもんちゅーりっぷA』のファンだった。ああAねって言ったら後藤に「えーす、だ」と訂正された。オタク面倒くせえ。

オタ芸はペンライト――後藤曰くサイリウムというらしいんだが、曲中にそれを投げて色を変える演出をすることがあるそうだ。後藤とそのオタ仲間出演の動画を見せてもらって納得した。
練習が乗りに乗ってきたところでつい投げてしまったものがちょうど俺に当たったという、なんともはた迷惑な偶然だった。

後藤のドルオタっぷりは親から受け継がれてるものらしい。
でも小学校時代に友達に馬鹿にされたことがあって、それ以来周囲には隠してるのだと憔悴しきった顔で言われたら、俺も他言するわけにはいかなかった。


こうして後藤の秘密を知ってしまった俺は、のちに生徒会書記に就任するこの男に妙に懐かれることになったのだった。
仲良くするのは構わないけど、ライブDVDを見せながら普段の寡黙さはどうしちゃったのって勢いで彼女らの良さを熱く語ってくるのは切実にやめてほしい。


end.

←main


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -