13


「……僕は、わがままかな」
「へ?」
「僕は人前で親密な様子を見せるのが苦手なんだ。そのことに理解を示してくれるのはありがたいと思ってる。でもきみは、外で堂々とこうやって手を繋いだり……さ、さっき天羽君がしてたみたいに腕を絡ませたりとか、世間の恋人同士がするようなことをしたいか?」

ひとつ、聞きたいことが言えた。すると透は驚いたように目を丸く瞠った。

「え、や、それはね……うーんと、したいなーって思うときはあるけど……」
「……そうか」
「あっ、さっきの天羽のは、アレ深い意味はないから。さむぅ〜い!とか言いながら冗談でじゃれついてきてただけ!俺、それに付き合う余裕なくて放っといたんだけど」
「…………」
「えっと、そーゆーのするだけが恋人ってわけじゃないでしょ。そんなのしない付き合い方してる人たちだっていっぱいいるしさ。……うん、あの、先輩怒ってるんだよね?俺が学校でチューしたり、ベタベタしたから」

それで叱られる腹を決めてここに来ました、と透がうなだれる。

「怒ってるわけじゃない。ただ、透が何を思っているのか聞きたいだけだ」
「俺が?」
「僕は気が利く性格じゃないから……きみをいつもがっかりさせたり、苛立たせてるんじゃないかと思って」
「えっ!?ないないそれは絶対ない!」

ぶんぶんと音がしそうなほどものすごい勢いで首を横に振る透。

「つか、怒らせてんのは俺でしょ。俺、あんま我慢とかできないガキだし、先輩のこと好きすぎて周り見えなくなっちゃうし」
「好……」

僕に向けられる『好き』という単語を彼の口から改めて聞くと照れてしまう。もじもじと繋いだ手を動かしたら、痛いほどの握力で握り返された。

「……ごめん、マジで」
「今日のことはもういいから、そんなに謝ることは――」
「ううん、そうじゃなくて。あのね、こういうのほんとは本人に聞かせるの良くないんだろうけど……俺、連休明けに変な噂聞いたんだよね」
「変な噂?」

突然何の話が始まったのかと首を傾げる。すると透は決まり悪そうな顔で足踏みをした。

「なんか紘人先輩と真田先輩が、先週金曜の放課後に中庭で抱き合ってたとか、付き合うとか付き合わないとか話してて、えっと、あやしー関係なんじゃないかって……ゲイ的な?」
「……は?」
「一年の俺んとこまで回ってきたくらいだから運動部系には結構広まってる噂だったみたいでさ。あの、ほら、真田先輩って良くも悪くも目立つ人じゃん?それで余計、面白半分っつーか」

まるで身に覚えのない話にぎょっとした。僕と司狼がそういう関係などとは、とんでもない醜聞だ。

「その話、合ってる箇所が少ししかない」
「えっ!ど、どのへん!?」
「先週金曜放課後、中庭、まで」

僕がそう告げると、透は安堵したように肩の力を抜いた。

「僕は司狼の恋愛相談を聞いてただけだ。相談……というほど僕は何もしてないが、あいつが恋人とちょっと厄介なことになってたみたいでな」
「……そーなんだ」
「抱き合っていたの意味が分からないが、事実無根もいいところだ」

言ったあとではたと思い出す。司狼が珍しくも弱気に僕の肩にもたれかかってきたことを。
もしかしてそれが人伝えに歪曲されて抱き合っていたに変わったのだろうか。人の噂とは恐ろしい。

「それ聞いてさぁ、俺、悔しかったんだよね」
「悔しい?」
「うん。だって、先輩と付き合ってんのは俺じゃん。なのに他の人とそんな話になってんのヤだった。だから、噂になるなら俺のほうにしてほしかったの」
「……まさか、そのために故意に人前で過剰なスキンシップをしたっていうのか?」
「はい、そうです。というわけでごめんなさい。先輩がイヤなことわかっててわざとやったから」

ゲイ疑惑をかけられ校内で奇異の目で見られてもいいと思うほど、透は僕と司狼の噂に翻弄されていたようだ。司狼だって僕なんかとおかしな風評を流されて迷惑もいいところだろう。
単なるデマにどうこう言うつもりはないが、透が少なからず影響されたと聞いて落胆する気持ちは否めない。

「だったら僕本人に言えばよかったじゃないか。それとも、僕は信用するに足りないか?」
「違う違う!そーゆーんじゃないって!こんなこと言いたくなかったっつーか……もともと紘人先輩は真田先輩と仲いいし、今週ずっと二人でいたみたいだしって思うとすげーモヤモヤしてさ」

透がだんだんと拗ねた口調になる。やっぱり今週ずっと司狼にかかりきりだったのが良くなかったようだ。

「気にしないつもりでいたんだけど、俺が普段先輩と仲良くしてんのはみんな知ってるから色々言ってくるわけ。そんで、それならもういっそ自分の目で確かめようって思って、部活終わったあと先輩たちのあとつけて――」
「もしかして学校からついてきてたのか?」
「んー……うん。いつも図書室で待ち合わせしてるらしいって聞いてたんで、そこから。コソコソ疑うような真似してマジで最低だよね。一応言っとくけど、こんなことしたの今日だけだよ?なのに今日に限って先輩たちが入りにくい感じの店に行ったから超焦った」

僕は一度行ったおかげかそれほど入りにくいとは思わなかったが、あのカフェは年齢層高めの喫茶店だから透はそう感じたんだろう。
恋人がそれほど近くにいたにも関わらず全く察知できなかったとは、自分の間抜けさに恥じ入るばかりだ。

「外からちょっと見てたんだけど先輩がめちゃくちゃ素っぽいっつーか、真田先輩に気ぃ許してるんだなーって感じだったから、邪魔とかできなくて……」
「…………」
「俺にはあんな顔してくれないから、やきもち、みたいな……」
「…………」
「あの……怒った?」
「……怒る以前に、何を言っていいかわからない」

自分が人といるときどんな顔をしてるかだなんて、知りようがない。たしかに司狼のことは信頼しているし好きだ。けれどそれは友情でしかなくて、透に感じるような胸の高鳴りやあらゆる意味での欲はない。
手を繋いでも密着していても、僕と透の心理的な距離は遠いように思えた。遥か彼方、見えるのにつかめない靄のようで――。


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