11


僕が紅茶を飲み終える頃には外はすっかり暗くなっていて、そろそろ帰るかとどちらともなく目配せした。
司狼とともに店から出て別れの挨拶をしようとしたそのとき、華やかな存在感に惹かれて出入り口近くの壁に顔を向けた。

「透……?」

店の外壁に背を預けていたのは透だった。明るく染められた髪がカフェから漏れた灯りに照らされ、夜の暗がりに浮かび上がっていた。
コートのポケットに手を入れてるけれど小刻みに震えている。透の頬や鼻は真っ赤で、白い息が煙のように宙に散った。
いつからそこにいたのかと聞こうとしたが、開きかけた口を閉じた。透の向こう側からひょっこりと顔を覗かせた人物がいたからだ。
それは透の友人の一人で、バスケ部のマネージャーでもある天羽君だった。
少年と少女の中間のような危うい雰囲気を持った綺麗な顔立ち。あどけない表情、その丸い頬がコーラルピンクに染まっている。

天羽君は正直に言って、あまり顔を合わせたくないと思っている後輩だ。だからついあとずさってしまった。背後の司狼に軽くぶつかる。
その瞬間、透がぴくりと眉を跳ね上げさせた。続けてすうっと表情をなくす。
ああ、やってしまった。いくら苦手な人物を目にしたからといって、天羽君は透の友人だ。今の態度は良くなかったと反省して元の位置に戻る。

何故、透がここにいるんだろう。誰かを待っていたかのように。
誰か――自惚れかもしれないがそれはきっと僕だろう。天羽君までいる意味は、わからないが。

「……あの、透、どうしたんだ。こんなところで」
「先輩待ってた」
「だったら外にいないで、一声かけてくれてもよかっただろ」
「……うん」

突然のことだったせいで会話がぎこちない。
それよりも、天羽君が透の腕に絡み付いていることが気になって仕方なかった。僕が出来ないことを彼はやっている。
透はそのことに対して咎めるでもなく、ポケットから手を出しながら自然な動作でそれをはずした。

「行こ、紘人先輩」
「……ああ、えっと……」

天羽君はいいんだろうか。いや、もしかして彼も一緒に来るのか?
司狼を振り返ると、彼もまた、何故か不愉快そうな表情をしていた。

「あの……じゃあ、司狼。また学校で」
「あぁ。何かあったら俺に連絡しろよ、紘人」
「……? わかった」

まるで事故に遭って助けを求めるなら自分に、とでも言いたげなニュアンスの含まれたその台詞を不自然に思いながらも頷く。
透の隣に立つと彼を挟む形で天羽君も並んで歩き出した。天羽君がぴたりとくっついているので、そのぶん僕と透の距離は離れた。磁石が反発するように近寄り難く間が空く。

どこに行くんだろう。聞きたいけれど、天羽君の存在と、なにより透の纏う空気が外気より冷えているように思えて黙って俯いた。
地面ばかり見つめながらとぼとぼ歩く。時々透のスニーカーが視界に入り、その向こうから足音がもうひとつ。

――そうか。冷えていると感じたのは、透が笑顔じゃないからだ。いつだって僕の心に温かさをもたらしてくれる爛漫な笑みがない。
僕は自覚しているくらいに表情が豊かじゃないから、他人にこういった寒々しい印象を与えているのかもしれない。
そう思うと透に対して申し訳なさが湧いてきた。
透からたくさんのものをもらっている。でも、僕はそのうちのひとつも返せていない。

だんだんと駅が近くなり人の賑やかさが増してきた頃、透がぽつりと言った。

「天羽はここで。じゃーね」
「え〜」

明らかに不満そうな声が聞こえた。顔を上げると、ふっくらとした唇を尖らせた天羽君が僕を軽く睨んだ。慌てて視線をそらす。やはり彼は怖い。
その場でうろうろして少し渋っていた天羽君だったが、しばらくして透に向けて手を振ったあとに別れた。
透だって電車通学なのだから乗るのかと思ったのに駅の構内に入る気配すらなかった。

「……先輩、自転車」
「えっ?」

司狼と学校を出たあと駅の駐輪場に自転車を置いて行ったのだが、それを取って来いということだろうか。そして透はどうしてそのことを知ってるんだろう。
とりあえず言われたとおりに自転車を回収したらハンドルを透に取られた。そのまま僕の自転車は透に引かれていく。

「と、透!」
「なに?」
「ど……どこに行くつもりなんだ」
「先輩んちだけど」

僕の家に?これから?
あまり片付いているとは言いがたい自宅に招き入れるのは気が咎める。そうと分かっていればちゃんと家の中を整理しておいたのに。

「ダメ?」
「あ、いや……いいんだが……」

いいと言いながらも曖昧な態度で応える。

「なんか俺に話あるんでしょ?メール見た」
「ああ、それか。でも、明日のつもりでいたから……」
「気になって一晩も待てない」

きっぱりと言い切られては今更嫌だとも返せない。この際、多少の汚さは目を瞑ってもらおう。


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