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透の腕の中におさまると、僕もようやく帰ってこれたのだと実感して涙が出そうになった。
彼の背に腕を回してぎゅっと抱きしめる。
「これからは俺が送り迎えするから。ね?」
「いや、そこまでしてもらうわけには……」
「ダメ、させて。そうじゃないと心配すぎて俺の気が狂いそう」
ふと、あの眼鏡の男の台詞が蘇った。
『大人しそうな女の子を張ってて正解だった――』
なんとなく聞き逃していたが、大人しそうな女の子というのは、もしかして理子ちゃん?
透の家を張っていた男は理子ちゃんの後をつけて来ていたんじゃないだろうか。
透に教科書を届けに来たあの日、僕は校門の前で彼女に会った。
それで僕があの学校の生徒だと知って、隙を狙っていた……?
不確かな推測ではあるが透にそのことを話すと、顔を曇らせた。
「ごめん、俺の家のせいで先輩を危険に晒しちゃったね」
「いや、そういう意味じゃないんだ。本当にそうかわからない、ただの想像だからな。だけどそうすると、理子ちゃんの方が危ないんじゃ――」
「もう先輩っていう本命を見つけたから大丈夫でしょ」
「しかしか弱い女子だぞ?なにかあったら僕はご家族に申し訳が立たない」
「んー……」
透は少し考えて僕の肩に顎を乗せた。
「じゃあ理子は兄貴に送り迎えしてもらうようにするよ。アイツ暇な大学生だからそれくらい平気だし理子のこと溺愛してるからね」
「そうか……それなら安心だ」
あの眼鏡の男の眼差しを思い出してゾッとする。
話がまるで通じない、同じ人間だとは思えないほど異常だった。
「……じゃあ、先輩の顔も見れたし俺帰るね」
「え?か、帰るのか?」
「うん。あ、今日は家から出ないでね。まだ危ないから」
透が僕から腕を外すと、途端に寒く感じられた。
僕はそれが嫌で透に再び抱きついた。
「先輩?」
「嫌だ……一緒にいてくれ、透……」
僕が小声でそう願い出ると、透は困ったように笑った。
「ごめん、ダメだよ先輩。これ以上いたら、その……」
「ぼ、僕が、嫌になったか?付き合いが下手で、恋人らしいこと何も、しない、から」
「へ?いやいやそういうことじゃなくて、あのね……」
透がうーんと軽く唸って、必死でしがみつく僕の背中をトントンと叩いた。
「……あのさ、俺、先輩の家で二人っきりとかマズイの。だって歯止めきかなくなるじゃん」
「え?」
「俺何するかわかんないよ?嫌がる先輩を襲っちゃうかも。そういうのやだから……ね、わかって?」
僕は首を振ってもっと透に抱きついた。
「いい、それでもいいから、ここにいて、透……」
透に懇願する。
彼は動きを止めてしばらく考えていたが、やがて僕を抱き返した。
「どうなっても知らないよ?」
最終通告は、僕の耳に甘く届いた。
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