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長谷川が困惑したように僕のそばに跪く。

「え、何。こんなとこで制服でどしたの?」
「た、助け、て……」

震える唇でなんとかそれだけ搾り出すと、長谷川はきゅっと唇を引き結んで僕の肩に手をかけた。

「亜矢乃わりぃ。ちょっと手ぇ貸して」
「う、うん」

長谷川と彼の彼女らしき女子は、僕を両側から立たせて、部屋に入れてくれた。それは奇しくも僕が男に連れ込まれた部屋の隣だった。

彼は僕をベッドに寝かせてくれ、亜矢乃さんという女子は冷蔵庫からペットボトルの水を持ってきてくれた。
飲む気にはなれなかったが、ありがたく受け取った。

「で、まっつん、何かトラブル?」
「……学校帰りに、無理矢理連れてこられて、その……」
「マジかよ。それ拉致じゃん」
「すまない、本当に……でもきみがいてくれて助かった」
「いーよ別に。つか、それなんか薬嗅がされた?まっつんマジで危ないとは思ってたけど、まさかガチ犯罪までとは思わんかったわ」

長谷川がはぁ、と大きな溜息をつく。亜矢乃さんがそんな彼の服を引いた。

「怜太、この綺麗な子友達?」
「同クラのダチ。せっかく会えたのに悪かったな亜矢乃」
「全然いいんだけど……攫ったヤツが近くにいるのって、危なくない?」
「まあまさか他の部屋にいるとは思わねーだろ。でも探してるかもしんないからすぐ出てくのはやべーな。ちょっと時間置いてから様子みよう」
「長谷川……」
「いーよ、そんな顔すんなって。あ、俺に彼女いんのは内緒にしといてな。バンド絡みで外野がゴチャゴチャうるせーから」

ベッドに横になっている僕の肩をポンポンと叩いて、長谷川はニッと男臭く笑った。

「ここ……どの辺なんだ?」
「学校から電車で一時間くらい離れたとこ。ここまで来ないと彼女とイチャイチャできなくてさ」
「邪魔してすまなかった……」
「だからいーって。つか、これ一晩待った方がよさげ?まっつんその調子じゃまともに歩けないっしょ」

長谷川の言うとおりだ。
あの男から逃げられてホッとしたせいもあるのだろうが、全然体に力が入らない。

「友達君、なんかつらそうだしそのままベッド使っててよ。あたしたちは適当にゲームとかして遊んでるから気にしないで」
「そうそう。んで、朝になったら警察行こうぜ。もしストーカーとかだったらちゃんと言っとかないとやべーし」
「ああ……ありがとう」
「いいのいいの。ほら、寝とけって」

長谷川に促されて、完全に緊張の糸が切れた。すとんと眠りに落ちてしまう。
カップルの二人には申し訳なかったが、もう起き上がることができなかった。



翌日、一晩眠って目が覚めたらだるさは残っているもの問題なく動けるようになっていた。
起きてみたら長谷川と亜矢乃さんが一緒にベッドで寝ていてびっくりした。

広いベッドだから三人寝ても平気ではあったがさすがに狭い。僕は端っこで横になっていて、長谷川はその隣にいて亜矢乃さんを抱き込んで眠っていた。

チェックアウトまでまだ余裕のある早朝に全員目が覚め、一応周囲を警戒しながら僕たち三人はホテルを出た。

あの男の車は、おそらくなかった。
長谷川は亜矢乃さんの車でここまで来たらしく――あどけなく見えた彼女は年上だった――僕も学校付近まで乗せてもらった。

二人に伴われて最寄の警察署に昨日あったことを話したら、現行犯じゃないとどうにもできないとそっけなく言われ「一応見回りは強化します」という言葉と共に帰された。
そこで初めて僕が同性に襲われたことが長谷川に露見してしまいビクビクとしたが、彼は態度を変えるようなことをしなかった。むしろそれを聞いてすごく怒ってくれた。

「んだよケーサツのあの態度!ちょームカつく!拉致とか薬とか完璧に犯罪だっつの!もっと親身になれし!」
「だよねー。でも友達君男の子だし、事件性低いって思われちゃったのかも……」
「僕もそう期待してなかったからいい。とにかく行き帰りは気をつけることにする」
「まっつんたしか一人暮らしだったよな?帰りは俺とか橋谷とかに声かけろよ。まだ犯人ウロついてるかもしれねーから一緒に帰ろうぜ。つか今日は念のため学校休めよ。テスト前だからとか言ってらんねーから。担任には俺が連絡しといてやるからゆっくり休めよ」
「ああ……助かる」

正直、あの生きた心地のしない恐怖は懲り懲りだった。
とにかく放課後は誰かと一緒に帰るようにしよう。
もしかしたら家の場所を突き止められてるかもしれないとは思ったが、自転車で通っているからそう簡単にはバレてないと信じたい。

亜矢乃さんの車で自宅まで送ってもらって、改めて礼を言ってから、僕はなんとなくキョロキョロとした。
あの眼鏡の男らしき人影も見当たらなかったので、ホッとして家に帰り着いた。



自分の家はやはり落ち着く。
シャワーで汗を流して、フローリングに転がった。もう今日は何もする気が起きない。時計を見るともうすぐ始業時間だった。

その時、スマホのことを思い出して寝転がりながらバッグを漁った。

スマホは無事に手元にあり、男に取られていなかったことに安堵した。だが電源が落ちている。充電が終わってしまったようだ。
充電器に差し込んで少し待つと起動できたので着信やメールを確認した。

特に差し迫ったものはなかったので安心する。
しかし相変わらず透から連絡はなく、そのことが僕を余計に打ちのめした。

会いたい、すごく会いたい。あんなことがあった後だから余計に。

でも透は会いたいとは思ってないかもしれない。
両思いになってもうまくいかないものだな、と投げやりな気持ちで思考を閉じた。





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