距離
その週に行われた三日間の中間テストは無事に終了した。
色々とあったわりにはかなり自信の出来だったと思う。むしろ透と会わなかったのは良かったかもしれない。
しかしさ来週には実力テストがある。
テストに次ぐテストでハードなスケジュールだ。まだテスト期間は続く。
透が言っていた「テストが終わるまで」というのはいつまでなのだろうか。
中間テストが終わっても連絡がないということは実力テストまでという意味なんだろうか……。
外気もすっかり冷たくなって、もう冬はすぐそこだ。
放課後、司狼とテストの答え合わせと雑談をしていたらすっかり暗くなってしまった。
まだテスト期間のうちなので放課後の部活は休止している。
運動部は朝練だけやって放課後は部室に集まってテスト勉強かたむろって遊んでいるかの生徒がほとんどだろう。
社会部は文化祭前後くらいしか真面目に活動してないので、僕は帰宅部も同然だ。
そろそろマフラーがほしい季節になってきた。ブレザーの下にカーディガンを着込んでいてもまだ冷える。明後日は休みの日だからこの機会に冬物をクローゼットから出そう。
早く帰ろうと思って自転車を出そうとしたら、鍵がないことに気付いた。
どこかで落としたのだろうか。なんだかついてない。
家には予備の鍵があるから、今日は徒歩で帰ることにした。明日は早めに登校しなければならないが自業自得だと諦める。
嘆息して校門を出た。
せっかくだから途中のコンビニに寄って飲み物でも買っていこう、そう考えていた時だった。
「みーつけた」
うしろから羽交い絞めにされて、僕は連れ去られた。
「う……」
ぐらぐらと眩暈がする。ぼんやりと目を開いてあたりを見回した。
「目、覚めた?」
声のしたほうを必死に見ると、どうやら僕は車の助手席に乗せられているようだった。
ただのシートベルトがまるで拘束具のようで体が動かせない。
急に意識をなくしてしまったのは何か薬品の類を嗅がされたせいなのかもしれない。
車内の薄暗闇に目を凝らすと、いつか見た眼鏡の男が運転席にいて背筋が凍った。
「どうしたの、気分悪い?」
「お、降ろして……ください」
「やだね。せっかく見つけたのに。大変だったよ?きみに会いたくてたまんなくって、会社まで休んじゃったんだから」
電車で僕に痴漢行為を働いた眼鏡男は笑いながら肩を竦めた。
どうにかして逃げられないかと僕は頭をフル回転させたが、薬の後遺症か思考がはっきりとせずすぐ途切れてしまう。
「あの大人しそうな女の子を張ってて正解だった。やっときみに会えたんだからね。ていうか織高だったんだ、きみ頭いいんだねぇ。そういうとこもオレの好み」
女の子?誰のことを言っているんだろう。ああ駄目だ、うまく考えがまとまらない。
「そんな可愛い顔しないで。変なことはしないから。ちょっとドライブしようよ。本当にそれだけ」
「い、やだ……」
「あとちょっと、写真撮らせてくれると嬉しいな。趣味なんだ」
楽しそうに男が言う。
写真と言われてもどう考えても普通の写真だとは思えなかった。痴漢とストーカーをするような人間の言葉など、信用できるはずもない。
車は軽快に走っていく。
車内は静かなピアノクラシックが流れていた。少し煙草の匂いがするのが気持ち悪い。
男が鼻歌混じりに運転するのを重い頭で見つめた。僕は一体どこに連れて行かれるのだろう。
すると、車は進路を変えてどこかの駐車場に入り、停車した。
男の肩を借りて車から降ろされる。
ぐったりともたれかかる形になったのは不本意だが、まともに歩けなかったのだから仕方がない。建物の中に入って愕然とした。そこはラブホテルと呼ばれている場所だったから。
急に現実感が襲ってきて一気に恐ろしくなった。指の先まで冷えていく。
男は並んだパネルのボタンを押して操作し、僕を部屋まで運んだ。制服姿の男の僕を躊躇いもなく連れて行く様は、実に手馴れている。
というか男同士でも入れることに驚いた。僕は女性には見えないだろうし、断られることを期待したのだが。
ベッドにどさりと沈められると、男が肩をぐるぐると回した。
「細いけどやっぱ結構重いね。力入らないだろうけど寝てていいから」
僕は戦慄したが、男はまずシャワーを浴びるらしい。
逃げるならここしかない。
僕は渾身の力を振り絞って起き上がった。
スクールバッグはすぐ手元に置いてあって、僕が抵抗できないことを知っているかのように手付かずのままだった。
バッグを抱えると、よろよろと力の入らない足を踏ん張ってなんとかドアを開けた。音を立てないように、ゆっくりと。
しかし廊下に出た途端力が抜けた。壁にもたれて体を支えるが、一歩も動けなかった。
部屋にいない僕に気付いた男にまた捕らえられる。そう予測がついて僕はブルブルと恐怖に震えた。
どうしよう、どうすればいいんだろう。
廊下で小さくなって震えていると、声をかけられた。
あの男かと思ってビクッと体が反応するが、見上げた先には予想だにしなかった人物がいた。
「まっつん……?」
「は、せがわ……」
そこには腕に女子を絡ませた、僕のクラスメイトの長谷川がいた。
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