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昼休み、視聴覚室へ行くと今日は透だけだった。久々に二人きりの昼食だ。

「弁当は持ってきたのに教科書は忘れたのか?」
「だって漫画の間に挟まってるなんて気付かなかったからさー。つかちゃんと戻しといてって言っといたのに忘れてた理子が悪い」

ずず、とタンブラーから茶を啜りながら透が文句を言う。

理子ちゃんは透の教科書が漫画に紛れ込んでいたことに前日に気付いていたのだが、そのまま戻さずに忘れてしまったようだ。

透は朝練ですでに学校に行ってしまっていて、ならば届けるしかなく、でも連絡は通じないし他校に入れるわけもないし……と途方に暮れていたところに出くわしたのが僕だったわけだ。

「ねーこのお茶さ、最初はウッってなるけど、慣れるとあと引くね。結構好きかも。さっぱりしてて油料理に合いそう」
「そうか?ならこれも茶葉を分けるよ」
「お願いします」

そのまま茶を飲み干した透は、タンブラーを置いて僕に手を伸ばしてきた。
その手を髪に絡ませ、するすると撫でる。
透はしばらくそうしていたが、やがて腰を浮かして抱きついてきた。

「透?」
「……あのさ、今朝のアレ、誰?」
「今朝のアレ?」
「なんか先輩の髪ベタベタ触ってたヤツ」

もしかして橋谷のことか?

「前に言わなかったか?美容院の家のクラスメイト」
「……ああいうの、もうやめて」
「え?」

僕は透から体を引いて彼の顔を覗き込んだ。
するとすかさずキスをされそうになったので慌てて彼の口を手で塞ぐ。

「と、透……学校では、その、そういうのは……」
「何で?」
「何でも何も……誰かに見られるかもしれないだろう」
「……うん」

釈然としていないような不満顔で透が頷く。

外見は大人っぽくて格好良いのに、彼は時々子供っぽい。
考えてみれば透は年下で、まだ十分子供といえる歳なのだ。とはいえ僕もたったの一学年違いで人のことは言えないが。

「先輩の髪をああいう風に触られるの、イヤだ」
「はぁ?何を言ってるんだ」
「触り方がなんかエロいしムカつく」
「言いがかりにも程があるぞ」

橋谷を悪く言われたようでムッとした。透はそんな僕をまた抱きしめた。

「心狭いのはわかってるけど……先輩と離れてる間、俺すげー不安だから」
「不安って何が?」
「先輩がさ、他のヤツに手出されないか」

何を言ってるのだろう。僕はこんなにも透のことで頭がいっぱいなのに。
ふっと天羽君の綺麗な顔を思い出して僕の心がずんと重みを増す。

「……それを言うなら……」
「先輩?」
「……なんでもない。とにかく僕の交友関係なんて自由だろ。きみに色々言われる覚えはない」
「なに、怒ってんの?じゃあもう何も言わないからキスして、今」
「だから学校でそういうのは嫌だって言っただろう!」

思った以上に大きな声が出てしまって、張本人の僕も驚いてしまった。
透は一瞬驚いた顔をして、すぐに機嫌を損ねたような仏頂面になった。

「じゃあもういい。この前の土曜だって先輩全然楽しくなさそうだったし、テスト終わるまでちょっと距離置いとこっか」
「透?」
「昼休みも、いいよ。俺教室で食べるし」

そう言って、透は振り返りもせずに視聴覚室を出て行ってしまった。
呆然と彼の後ろ姿を見送る。

言われたことを反芻してようやくその意味に辿り着く。
つまり透は、つまらない僕に愛想を尽かしてしまったのだ。

彼の望むデートも、付き合い方も、セックスすら未経験で楽しませることができない。
僕はいつも精一杯で透の望む通りに器用に立ち回れない。

それでも僕にだってこれまで培ってきた価値観や矜持があり、そう簡単に曲げられることもできない。
透のことは好きだけれど、全て言いなりになれるほど柔軟な性格をしていないんだ。

彼の言うとおり、テストが終わるまで少し冷静になって考えた方がいいかもしれない。
すごく、寂しいけれど――。


僕は溜息をついて残った茶を飲み干した。




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