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そして休み明け、僕は懲りずにギリギリの時間に登校した。
治そうと思ってもなかなか治せないので僕は不精癖があるのだと思う。それでも遅刻したことはないからこれが僕の最適な時間なのだろう。

校門に近づくと門扉の端から忙しなく校舎を覗いたり携帯を見たりうろうろしている不審な人物がいた。

近づいてみるとそれは知った顔だった。自転車から降りて思わず声をかける。

「理子ちゃん?」
「……あっ!松浦さん!」

今日は髪をシュシュでひとつにまとめているが、それはたしかに透の妹の理子ちゃんだった。

僕の顔を見た途端泣きそうに顔を歪ませた。
彼女は駅一つ先の中学校の制服を着ていた。たしか受験生だと聞いていたが。

「どうしたんだ。透なら朝練だろう?」
「お、おにいちゃんが今日使うっていってた教科書、間違って理子の……あ、わたしの部屋にあって……メールも電話もしたのに全然出なくて……」
「そうなのか……」
「数学三限だって言ってたから早く渡さないといけないのにぃ」
「いいよ、だったら僕が預かろう。理子ちゃんだって早く学校に行かないといけないだろう」

そう言うと、彼女はぽろぽろと泣き出した。

「うっ……ひぐっ、まづうらざんありがとぉぉ……」
「ほら、泣かなくていいから」

ハンカチは持っていないからポケットティッシュを理子ちゃんに手渡す。
彼女は二枚引き抜いて勢い良く鼻をかんだ。可憐な容姿にも関わらず豪快だ。

数学の教科書を受け取って理子ちゃんを送り出す。彼女は真っ赤な目と鼻のままだがもう笑顔になっていた。

一応透に電話をかけてみるが、電源を落としているのか通じなかった。
そういえば透は何組だったかな……。

教室に着くと、クラスメイトはもうほぼ揃っていた。
時計を見るともうすぐ一時限目が始まる時間で、今から透の所に行くのは無理だと判断する。

「おはよー松浦。校門のとこで女の子泣かせてどうしたよ?」

倉田が口元に手を当ててニヤニヤしながら僕に話しかけてきた。

「おはよう。見てたのか」
「おう、こっから丸見えだぜ。そんであの可愛い子は誰よ?」
「あれは透の妹だ」
「透って……一年の秋葉?へーあんま似てないんだな」

血が繋がってないからな、とは言わずに曖昧に頷く。

まだ何か聞きたそうにしている倉田だったが、すぐに一時限目の先生が来たので席に戻って行った。
この授業が終わったら透の教室に行かないとな、と思いながら教科書を開いた。

授業終わりのチャイムが鳴ると、橋谷が僕のうしろの席に座った。

「おはよう橋谷」
「はよ。さっそく今日のスタイリングいこっか?」
「すまないがこれから用があって……」
「いいじゃん、すぐ終わるし」

言いながらもう髪を梳かれては、終わるまで待つしかなかった。
最悪二時限目のあとの休みでもいいのだし……と思っていたら、クラスメイトの女子に名指しで呼ばれた。

「松浦君、呼んでるよー」
「僕?」
「せーんぱい」

ドアの方を見ると、透がひらひらと手を振っていた。
上級生の教室に堂々と来れるメンタルの強さはすごいと思う。

「理子からメール来ててさ」
「それでわざわざ来てくれたのか?すまないな」
「や、あいつのせいだから。ごめんねー先輩」

教科書を出そうとしたら、透の表情がすっと抜け落ちた。

「透?」
「あ、うん、ごめん。殿様、教科書忘れるとすげー怒るから助かった」

殿様とは数学を担当している中年の教師のことだ。
頭頂部が寂しく、残った髪を伸ばし無理矢理ひっつめているスタイルがちょんまげをした殿様みたいだから、というよく分からない理由でつけられたアダ名だ。
神経質な性質で生徒からは倦厭されているが、哀愁漂う容姿のせいで陰では笑いを誘っている。

橋谷の手もさすがに止まったので教科書を持って透のいるドアへ向かう。
彼はじっと僕を見下ろしてきた。

「……なんだ?」
「んーん、別に?じゃ、またお昼にね」

そうか、今日は弁当の日だった。

昨日実家から新しい茶葉が届いたから、さっそくタンブラーに淹れてきたことを思い出す。
今回の茶葉はプーアール茶で、その風味は独特で慣れないと少し癖がある。気に入ってくれたら茶葉を分けようと思う。

席に戻ると橋谷は櫛と携帯用ワックスをポケットにしまっていた。

「橋谷?」
「んーやっぱ今日はいいや。すげえ睨まれちゃったし」
「は?」

言われてる意味がわからず首を傾げると、始業のチャイムが鳴った。
途中まで梳かれたので髪はサラサラとしている。僕も手串じゃなくてきちんと髪を梳かすことにしよう。




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