恋と愛
次の日は朝食のいい匂いで目が覚めた。
ぼんやりと辺りを見回すと、透の姿はもうなかった。
時間を確認してみれば6時を回ったところだった。
寝惚け眼で起き出して布団を畳んでいると、不意に部屋のドアが開いた。
「先輩起きた?あ、布団そのままでいーから。そろそろ朝飯なんだけど先に顔洗うよね?」
「ん……」
まだ目が覚め切らずにぼんやりと返事をすると、透がぎゅっと抱きついてきた。
「寝ぼけてる先輩可愛い!」
「起きた、今起きた!だから放してくれ!」
その腕から抜け出すと透はちぇー、と唇を尖らせた。
僕に向けて手を握ったり開いたりしている。その手つきは何だ。
顔を洗って透の部屋にいると、朝食を運んでくれた。
今日の朝食は透の担当らしい。
というか食事担当は明確に決まっておらず、そのとき作りたい人が作るらしい。
家族が勝手に買い込んできた食材をうまく消費するのが透の役割だと教えられた。それはますます主婦というものではないだろうか。
朝食後に透から弁当を手渡された。
「これ愛妻弁当〜」
「す、すまない……というか愛妻って……」
「間違ってないじゃん、ダーリン?」
ちゅ、と唇にキスを掠めていく透は、本当に手馴れている。
「なんかもー新婚さんじゃない俺ら。マジで結婚しちゃおっか?」
「…………」
「なんでそこで黙っちゃうのー」
けらけらと透が笑う。朝から陽気だ。かくいう僕だって浮かれてる。
朝の身支度を終えて僕たちは一緒に家を出た。
朝の電車はそこまで混んでいなかった。もう二本遅いと満員電車になるらしい。
駅につくと駐輪場に止めていた僕の自転車を出して、透と別れて一旦家に帰った。
授業の用意をして制服に着替える。
登校時間までまだ余裕があったがなんだか落ち着かなかったので、すぐに登校することにした。
学校に着くとちょうど運動部の朝連が終わった頃らしく、部活帰りの生徒達がまばらに部室棟から出てきていた。
そのなかに司狼がいたので声をかけた。
「おはよう司狼」
「お、紘人どうしたこんな時間に。いっつもギリギリのお前が珍しいな」
「ちょっとな」
木崎や他の剣道部の友人達も通りかかったので適当に挨拶をして教室に向かった。
教室に着くと橋谷と倉田と長谷川が顔を突き合わせて机を囲んでいた。彼らは音楽雑誌を広げてスマホから伸びたイヤホンを耳に着けていた。
長谷川は校外の仲間とバンドをやっているから音楽に詳しいらしい。
「お、まっつんはよー」
「はよー、ずいぶん早くね?」
「おはよう。今日は早めに目が覚めたんでな」
「はよっす。マジでか。こんな早いなんて松浦何かあったの?」
口々に言われて僕は苦笑した。
どうも皆からはギリギリに登校してくる生徒として認識されてるらしい。
自分の席にかけると、さっそく橋谷が僕の背後に回ってきた。手には櫛を持っている。
「あれ?松浦シャンプー変えた?」
「え?」
「なんかいつもと香りが違う」
「やべーよケンくん、それセクハラー」
倉田がゲラゲラと笑う。言われてる意味がいまいち分からなかったが、ふと心当たりがあることを思い出した。
昨日は透が使っているというシャンプーを使わせてもらったんだった。
そうか、今の僕は透と同じ香りがするのか。そう思うと恥ずかしくてたまらなかった。
「まっつん赤くなっちゃってー。もしかして彼女の家にお泊まり?」
「ち、ち、違う」
「えーあやしー。つかなんでそんなキョドってんの?」
長谷川がニヤニヤしながら僕を覗き込んでくる。
当たらずも遠からずのことを言われて激しく動揺してしまった。
彼女じゃなくて彼氏なのだが。
「言われてみればなんか色気が……!」
「誰だよ紹介しろよ」
「ち、違うから!」
そのとき佐崎さんと三井が一緒に教室に入ってきて、ようやく話題が逸れた。
どうやらこの二人は修学旅行中に付き合うことになったようだ。三井はどちらかというとおっとりしたタイプだったから、はきはきとした佐崎さんととは少し意外で驚いた。
修学旅行をきっかけに付き合ったカップルが結構いたようで、全体的に恋愛ムードだった。
もう少しすればクリスマスだし、受験が本格化する前に彼氏彼女になっておきたいという心理が働いているんだろう、とは橋谷の言葉だ。
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