予期せぬトラブル
とにかく僕はその後いたたまれなくて秋葉家から逃げようとしたのだが、なんとお父さんに捕まってしまった。
ほがらかにうちの馬鹿息子をよろしくと言われては、はいと頷くことしかできず複雑な思いだった。
赤飯に例のちくわカレーという謎のメニューをご馳走になって……ご馳走?というか面白い味わいだったが、とにかく夕食をいただいた。
食べたら駅まで透が送ってくれると言うのでそれに甘えた。
「なんか……マジでごめん。うちの家族ヘンで……」
「いや、あの、いいんだ。というか寛大だな。同性だからもっと反対されるかと思ったが……」
「うちが変なだけだと思う。兄貴の反応の方がむしろ……や、兄貴も変だよね」
そのお兄さんの反応と言うのは、可愛い弟に恋人なんてお兄ちゃん許しません!さもなくば俺の屍を超えてゆけ!というノリで……たしかに変だった。
ああいうのはブラコンというのではないのだろうか。
お兄さんは透とはまた違ったタイプの男前だった。
妹の理子さんも可愛らしかったし、血が繋がってないだけに少し心配だ。
「先輩連れて来なきゃよかった……」
「僕はきみのご家族好きだ。明るくて楽しいな」
夕飯は透の部屋で食べたが、皆さんが順番に顔を出して何くれと気を使ってくれた。
透はすごく嫌がっていたが家族に愛されてると感じた。
「……あ、そうそう忘れるとこだった。明日はさ、ほら月曜じゃない?だから、また……先輩お昼来る?」
透が珍しくおそるおそるといった様子で聞いてきた。
そういえばずっと視聴覚室に行ってなかったな。僕と透はあの場所から始まったんだ。
「ああ、行くよ」
「ほんと?じゃあ俺、弁当作ってくね」
「楽しみにしてる」
僕がそう言うと、透は満面の笑みを浮かべた。
本当に感情が顔に出る性格だな。だからこそ惹かれてやまないのだが。
駅までの道のり、できるだけ歩幅を狭くしてゆっくり歩いた。恋人と過ごす時間がもっと長く続くように。
修学旅行はどうだったかという他愛ない話をしているだけで時間はあっという間に過ぎ、駅に着いてしまった。
「じゃ、また明日ね先輩」
「ああ。またな」
「……俺、これ夢じゃないよね?マジで、俺って先輩の彼氏だよね?」
「そうだな」
笑って言うと透は大人びた綺麗な笑みを浮かべて僕の手を握った。手が熱い。
「気をつけてね?先輩美人だから帰り道襲われないかすげー心配」
「そんな物好きがいるとも思えないが」
「先輩っていまいち自覚に欠けるよねぇ……。とにかく、暗いところは避けて人の多いところ歩いてよ?んで、無事に家に着いたら連絡して。なんなら電車降りたら俺に電話して。帰り道ずっと話そ?」
「なんというか……思ったよりお母さんだな、きみは」
「お母さんて何!?普通に恋人を心配してるだけですけど!」
「いや、わかってる。安否云々は置いといても、きみには電話するよ。僕ももう少し話したいし」
照れながら言うと、透も目元を赤くして「先輩のデレ半端ない」とボソボソ言っていた。
デレってなんだ?
軽く別れの言葉を交わして僕は電車に乗り込んだ。
ちょうど帰宅ラッシュの時間にかち合ってしまったようで、満員電車だった。
こんなに混みあっていてはたった五駅が長く感じた。電車の中は不自然に静かで、近くの人のオーディオが音漏れしているのが聞こえる。
(……ん?)
体に違和感を感じてもぞもぞと体勢を変えた。
いや、違う。これは――。
太腿辺りをするすると撫でる感触がした。
その感触は尻へと移動し、割れ目をゆるゆると撫でる。
まさか、これは痴漢?
両隣をパッと見ると女性だった。二人とも両手でスマホを操作している。ということは背後にいる?
男の僕にまさかという気持ちでいっぱいだった。これがただの勘違いならいいが、先程の透の言葉が蘇ってゾッとした。
何よりすごく嫌だ。透のあの優しい手つきとは全然違う。誰とも分からない人間の手で触れられることに鳥肌立った。
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