3


僕はぽかんと口を開けて透をまじまじ見つめた。
本当に何を言われているのかさっぱり理解できない。

「すまない透……きみが何を言ってるのか全然わからない……」
「わかんない?だって覚えてる?俺、代休初日にさ、先輩に電話したじゃん。そしたら先輩超色っぽい声でだるそうにしてて全然会話にならなくてさ。んで真田先輩が俺が服着せるとかパンツ穿けとか言ってたのが聞こえて……そのあと全然返事こないから俺の方から切っちゃったんだけど」
「それは、まあ、何も着てなかったからな」
「ほら、やっぱり」
「……あのな、変な勘違いしてるようだから言っておくが、前日雨に濡れて着替えるのが面倒で脱ぎっぱなしのまま寝てしまったんだ。そうしたら案の定風邪を引いて……。透の電話の前に司狼が僕の看病に来てくれて世話になってただけだ。きみが想像してるような不埒なことは一切ない」

そう言いきると、今度は透の方がぽかんとしていた。そしてみるみる顔が赤くなる。

「えっ、じゃあ俺の勘違い!?マジで!?ちょー恥ずかしー……」

透が隠れるようにテーブルに置いた腕に顔を埋める。
とんでもない勘違いをしてくれたものだ。

要するに僕と司狼が付き合ってもないのにそういう行為をする仲だと思い込んでたわけか。
とんだ言いがかりだ。

「司狼は普通の友人だ。それ以上でもそれ以下でもない。あとな、司狼には大学生の彼女がいるぞ。付き合って二年目の」
「嘘、マジ……あーほんとごめん先輩!俺バカすぎ!」

テーブルに額をつけて透が謝ってくる。僕は呆れてものが言えなかった。
何度もごめん、ごめんなさいと繰り返す透がなんだか哀れに思えて、僕は嘆息した。

「……まあ別にいい。きみが心配して家まで来てくれたのは嬉しかったし。うどんも美味かった」
「つか、それも心配っていうか……まあ心配はしたのは本当だけど、足腰立たなくて仮病で休んでたのかもしれないと思ったらいてもたってもいられなくて……。あー喋れば喋るほど俺バカすぎて死にそう!いっそ殺して!」

透はクッションを抱き寄せてゴロゴロとフローリングを転がった。
それがおもちゃにじゃれている猫のようで少し可愛い。

しかしひとしきり転がるとぴたりと止まって起き上がった。

「……え、じゃあ真田先輩じゃなかったら、誰?」
「…………昔の話だ。いじめの類だからあまり聞かないでほしい」
「あ、そっか……うん。ごめん」

透が神妙な顔で頷く。

「じゃあ、俺が先輩を好きってのもイヤだったよね。ごめんね、全然そういうの考えられなくて。先輩とキスできて舞い上がっちゃって言っちゃったけど……。あれがなかったらこのまま友達っつか仲いい先輩後輩関係でもいいって普通に思ってたし」
「……僕はわからないんだ」

僕がぽつりとつぶやくと、透が息を呑んだ。僕もごくりと唾を飲み込んだ。
これで、終わりだ。

「どうしてあんなことをしたんだ?きみは……付き合っている女子がいるのに」
「……ん?」

透の目が見られない。
早く引導を渡してほしいような、もう少し続けたいような苦しい感覚。
僕はぎゅっと胸元を握った。

「……きみがすごくモテるのは知っている。付き合ってる子がいることも聞いてる。なのにどうして僕に……その、本気だとか言い出したんだ。そういうのは、浮気っていうんじゃないか?それとも僕が男だから浮気の類にはならないと思ってるのか?」
「ちょちょちょ……ちょっと待って」
「そういう不誠実なのは受け入れられないし、僕を遊びの一人として扱いたいならそれこそお門違い――」
「待って待って!先輩ストップ!お願いちょっと口閉じて!」

透の掌が僕の目の前に差し出されて、僕は口を噤んだ。
訝しげに透を見やると、彼は額に手をやって唸っていた。

「……あのさ、俺が、なんだって?付き合ってる女子って、誰?」
「それはきみが一番良く知ってるだろう。あのマナっていう華やかな感じの……」
「あー……ああ、あの子ね?いや、ていうか初めに言っておきますけど、俺、フリーです。彼女いません」
「……は?」
「だからー、俺、独り身なの。好きな人はいるけど、今は誰とも付き合ってないよ?で、その好きな人ってのは、紘人先輩」
「いつ別れたんだ?」
「別れたもなにも……んー……そりゃ、入学当初に一人付き合ってた子はいたけどすぐ別れたし、それ以来誰とも。マナは付き合ってって言われてるけど断ってる」

僕は半信半疑で透を見た。彼もどう説明すべきか迷っているようだ。

「……噂だが、夏休みにずいぶん遊んでいたと聞いたが」
「それどっから聞いたの?」
「だから噂で」
「あーうん。それに関してはちょっと弁解のしようがないんだけど……。ほら、だって先輩男だし好きとか言える勇気なくて。断られるのわかってるからダメージでかいし。だからまあ憂さ晴らしというか……。俺、男好きになったことなかったから正直信じられないとこもあったしね。結局先輩のことすげー好きって確信しちゃうだけだったんだけど。女の子といても、これ隣にいるのが先輩だったらなーとか、先輩ならこういうので喜ぶのかなーとかそんなんばっかり考えちゃって」

もじもじと透が恥ずかしそうに体を揺する。まるで恋する乙女のような仕草だ。
そんな告白を聞かされている僕の方もいい加減恥ずかしくなってきた。

「あ、その……こんなこと言うのもアレだけど、ヤリ捨てみたいなことはしてないよ?普通に色んな女の子と健全にデートしただけ。で、マナはそのうちの一人だったんだけど付きまとわれちゃってさ。あたしたち付き合ってるって言っちゃったからーとか言ってて冗談だと思ってたけど、マジでそんな噂になってたんだ?」

不機嫌そうに語る透は本当に不本意と言わんばかりに唇を引き結んだ。




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