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明るい茶髪をなびかせながら透が走ってくるのを見て、少し腰が引けた。

「もーこんなとこにいたなんてさ。とっくにゴールしてるのに先輩全然帰ってこないから便所で倒れてるのかと思って心配したよ?電話しても通じないし」

慌ててスマホを見ると画面が真っ黒でボタンを押しても出なかった。

「あ……すまない。気付かないうちに電源落ちてた」
「あー良かった!ちょっと吉住たちにも連絡するね。もしもし〜吉住?いたいた、先輩見つけた!うん、捕獲済み」

僕が携帯を再起動していると、透が僕の顔を覗き込んで目元を擦った。

「……どしたの、泣いてたの?」
「え? あ、いや、違……」

涙など流れていないはずだが感傷的な気分に浸っていたせいか、そう見えたのかもしれない。
なんだかばつが悪くなって俯いた。高校生にもなって一人でめそめそしていただなんて思われたくない。
透は首をかしげて僕の手を握ってきた。しかも指を絡ませるいわゆる恋人繋ぎで。

「……この手はなんだ、透」
「えーだって逃げられたら困るから。俺、先輩からご褒美もらわなきゃだし?」
「は?」
「ツーショット」

スマホのカメラアプリを起動した透はニヤリと笑った。

「んーここじゃ暗すぎ?ちょっとそこの教室入ろ」

手を握られたまま近場の教室に入る。そこには誰もいなかった。
何だか悪いことをしている気がして透の手を外そうとしたが、逃げようとするのを察知したのか更に強く握りこんできた。

「ほらほら〜、ちょっとくっ付いて。もっとこう、寄って寄って?」
「わ、わかったから放してくれ」
「ダメー」

こてん、と僕の頭に頬をくっつけて来る透。その近さと体温に僕は驚いてしまった。
腕を肩に回されて、シトラス系の爽やかで甘酸っぱい香りが僕を包んだ。

「はい先輩、キメ顔してー」
「む、無理だ……」
「ほら、ちゃんと前向いてスマホの方見て?」

何枚かカシャカシャと撮られる。僕は固まってしまって笑顔のひとつも作れなかった。
というか一枚だけって約束じゃなかったのか。

そうされているうちに、頬に柔らかいものが触れた。
カシャ、とシャッター音がしたと思ったらすぐにそれはなくなる。

「はい、終了!お疲れでした〜」
「……透」
「ん?」
「今なにをした?」
「んーほっぺにチュー?」
「消せ」
「やだよん」

そう言って笑顔のままスマホをポケットにさっさとしまってしまう。僕は透の脛を蹴った。

「あだっ!」
「消せ」
「やだー」
「もう一発いくか?」
「じゃあこっちにチューしてくれたら消す」

透が「こっち」と言いながら自分の形のいい唇を指す。僕は馬鹿馬鹿しくなって嘆息した。

「……もういい。馬鹿に付き合ってられない」
「え、してくれないの?残念」

ぶーぶーとブーイングする透にもう一度蹴りをお見舞いした。
痛がってる透を置いて教室を出る。歩きながらタイを外してきっちり閉めた胸元を緩めた。
あとから透が追いかけてきて僕の隣に並ぶ。

「先輩ごめん!俺、調子乗りすぎちゃった。怒った?」
「……怒ってない」
「うそ、絶対怒ってる。機嫌直して、ね?」
「怒ってない」

怒ってないのは本当で、ただ恥ずかしいだけだ。
照れ隠しでつい蹴ってしまったが、あの不意打ちに僕は一体どんな間抜け面で写っていたのかと思うと顔から火が出そうだ。

透がしゅんとしたけれど、すぐに気を取り直したように別の話を降ってきた。

「あ、そういえば先輩のクラスの人から伝言あったんだ。チケット残り少ないから先輩の当番もう終わりでいいってさ。お疲れ様ーだって」
「……そうか」
「ね、このまま俺と一緒にお昼食べよ?」
「悪いが先約がある」
「えーまた?」
「午後はきみは店番だろう?こんなところで悠長にしていていいのか?」
「んー良くはないんだけど……でもせっかく先輩捕まえたのに放すの勿体ないんだよねぇ」

いっそのことバスケ部手伝いに来ない?と言われたが僕は丁重にお断りした。

「……紘人先輩」
「ん?」
「なんで昨日メール返してくれなかったの?」
「……気付かなかったから」
「そっか」

そのメールは今日になっても返していなかった。
内容すら見ていないのだからとても返せなかったし、着信も折り返ししなかった。

『どうしよう、ひろ君』という瑞葉の声がまた脳裏に蘇る。
どうしようと言いたいのは僕のほうだ。

僕のスマホが着信を告げたのでディスプレイを見ると、司狼からだった。

『紘人、どこにいる?』
「今からそっちに向かう。着替えて行くから待っててくれ」
『了解。ゆっくりでいいぞ』

短く会話して通話を切ると思わず安堵の溜息が漏れた。

「先輩」
「……そろそろ行かないと」
「先輩……」

透と目を合わせられなかった。
そろそろ察してほしい。きみといると、本当は僕はつらいんだ。

「……あとでさっき撮った写真、僕にもメールで送ってくれ」
「チュー写真送ろっか?」
「それは消せ」

じろりと睨む。
透は思っていたような表情じゃなかった。どことなく泣きそうな――。





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