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「あ、いた先ぱ……い?」

透が手を上げかけて一瞬固まる。僕はこんな仮装状態を見られて、今更ながらすごく恥ずかしくなった。
受付前に来た三人組にじろじろと見られる。すでに言い慣れたお決まりの台詞を口に出す。

「お帰りなさいませ旦那様方」
「はい?」
「――というコンセプトなんだ。何も聞かないでくれ……」

小声で付け加えると、あーなるほど、と三人とも頷いた。
恥ずかしくて真っ赤になってしまう。

「マジかよ!ちょーキマってるじゃないすか先輩!」
「ほんとほんと〜!似合ってるぅ」
「あれ、でも先輩スタンプ係だって言ってなかった?」
「変更になったんだ」
「あー客寄せってことね。超納得。やだ俺心配」
「僕だって受付くらいできる」
「そういうことじゃなくて……」

透が苦笑する。愛想は良くないが問題なく出来ているんだが。

「ねーねー先輩〜。記念に一緒に写真撮ってくださいよ〜」
「撮影禁止なんだ。というか、こんな格好を残されるのが嫌だ」
「いいじゃないすか!青春の一ページってことで!」
「駄目なものは駄目だ。――さて、旦那様方、出発なさいますか?」
「えー先輩がここにいるならラリーしなくてもなぁ」
「全て集め終えて私のところまで帰ってきてください、旦那様」
「んーじゃあ、全部揃えたら先輩ご褒美ちょうだい?俺とツーショットとか」
「そのようなシステムはございません、旦那様」

そっけなく言うと、透がえーとあからさまな不満の声を上げた。むしろそんなのは僕の方がご褒美のような気がする。……こんな格好じゃなければ。

僕はくすりと笑って小声で囁いた。

「……一枚くらいなら写真撮ってもいい」
「マジ!?マジで!?そんなら俺頑張るよ!?よし吉住、勇大、行こ!」

受付の女子からラリー用紙を受け取って料金を払い、透たちは教室を出発していった。
すると、僕に衣装を貸してくれた倉田がこっそりと耳打ちしてきた。

「なぁ、今のって一年の秋葉だろ?松浦仲いいの?何繋がり?」
「成り行きでなんとなく……」
「成り行きで出会えるモンなの?あいつこの辺じゃ芸能人並に有名じゃね?他校のダチからそっちにもファンいるって聞いたけど」
「へえ、すごいな」

驚いて倉田に返せば、僕の反応に苦笑が返ってきた。

「なんかお前懐かれてね?なんか意外」
「それはない」

どっちかというと僕の方が透に懐いてるのだと思う。
あんなに人気者なんだ。僕が好いてないはずがない。

僕の返答にふーんと納得行ってないような声を出す倉田。
女子の視線が透たちに向いたので少し間ができたが、すぐに再開された。



透がいない間に僕は手洗いに行くことにした。
廊下を歩いていてもじろじろと見られるのでそんな状態でトイレに入ることも躊躇われ、ひと気の少ない校舎はずれの場所へと向かった。

手洗いを済ますと、ふと廊下の先に人影があることに気付いた。

それは立花先輩だった。窓枠に凭れかかって遠くを見ている。
僕はひどく動揺した。瑞葉の言葉を思い出したからだ。

『どうしよう、ひろ君』

彼は、瑞葉のことが好きなのだという。どこを、どんな風に好いているのだろう。
瑞葉のはっきりしたところだろうか。明るく引っ張ってくれるところだろうか。可愛らしい容貌だろうか。気に入らなければすぐ叱ってくるところだろうか。
意外と寂しがりやなところだろうか――。

僕の視線に気付いたらしい立花先輩がこちらを見た。そして、彼は、目を伏せた。

「……大事にする」

一言。ただ、一言。距離があったのに、はっきりと聞こえてしまった。
ドクン、と心臓が大きな音を打つ。

立花先輩はそれきり何も言わず、踵を返してその場を去った。
その姿を追っていると、他の教室から出てきた小柄なうしろ姿が隣に並んだ。綺麗な長い黒髪の、見慣れたうしろ姿。

僕は窓に額をくっつけた。
背中を押したのは僕。だから、傷つくことはない。

『どうしよう、ひろ君』

彼女の震え声に、僕は数秒考えてから応えた。

『ごめん瑞葉。僕には答えられない』

そう答えたとき、瑞葉は寂しそうに笑った。
立花先輩なら瑞葉を大事にしてくれるだろう。彼の言った言葉の通り。だから僕は瑞葉を突き放したんだ。

たぶん彼女は僕に言ってほしかったのかもしれない。「そんな男のところに行くな」と。

だから、ごめん、瑞葉。僕はそこまでじゃなかった。僕はそう言えるような男じゃなかった。
だって僕は――。

「いた!先輩!」

突然の大声に体がビクッと震える。その声の主はいま最も会いたくなかった人物だった。


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